「もう、どうしていつも欲しい本は一番上の棚にあるかなぁ…」
 一人ごちながらうんしょと背伸びをするも、あと少しいや大分まだ届かない。
 諦めて台を取って来ようかと思った瞬間に、横からすっと腕が伸びて目当ての本を軽々と取り上げた。
「これ? で、良いですか? 朱莉さん」
「あっ…三波先輩、ありがとうございます」
 手渡された本を胸に抱いて頭を下げる朱莉に、どういたしましてと三波がやんわりと笑む。
「朱莉さん、何だか今日ご機嫌みたいですね」
「えっそうですか?」
「鼻歌歌ってましたよ」
「えっ!? 私が!?」
 完全に無意識だったことで信じられず目を丸くすると、三波が笑いながらしっかりと頷いた。
「この静まり返った図書室内で鼻歌歌っちゃうくらい、ご機嫌だったんだね」
「お恥ずかしい………」
 試験前などでなければ、放課後の図書室を利用している生徒は割と少ない。
 けれど顔見知りに聞かれていて、それが自覚がなかったことならば尚の事恥ずかしい。
 顔を真っ赤にして項垂れる朱莉に、三波があははと笑った。
「不機嫌よりご機嫌な方が良いじゃない。…で、他に何かお取りしますか?」
「うう…それではすみません、あの一番上の、右から2番目のものをお願いします」
「かしこまりました」
 冗談っぽく言いながら一番上の本棚に手を伸ばし、ひょいと本を取る三波の腕を見上げながら「…三波先輩は」朱莉がぼんやりと口を開く。
「…その身長だと、一番上、楽々届いちゃいますね」
 朱莉の顔と、彼女が見つめる一番上の棚を見比べ、「? …――ああ」やがて思いついたように三波が頷いた。
 指定の本を朱莉にはいと手渡すと、三波が手指を伸ばし、手の平を下に向けてひさしをつくるように頭上に構える。
 自分の身長と本棚を見比べながら、少しそのひさしの高さを下げた。
「これくらい…ですか?」
「――はい、それよりもうちょっと下、かもしれないです」
「そうなんだ」
「はい」
 頷きながらにこにこと朱莉が笑う。
 屈託なく笑い合う二人の横顔を、薄桃色の髪と灰色の髪を、埃の舞う静まり返った室内を。ブラインドから突き抜けてきた西陽が金の縞模様に彩っている。
 海中で揺れる光のように、星砂を振りまく彼女の笑い方のように。きらきら、きらきらと。