必要だから欲しいのだ。

 彼女の前ではアレイアードの力を発揮出来たことが無い。
 魔剣の放つ黒い波動が彼女の金の光に弾かれる。もう何度目のことだろう。
 今となっては勝負がつく数秒前には勝負がつくことを悟り、彼女の放つ陽光のような魔導を見入る余裕もあるほどだ。
 彼女に挑む自分をどこか冷めた目で見ている自分がいることを感じながら、彼は舌打ちした。別に諦めているわけではないのに。
 彼の手から弾き飛ばされた剣を拾い上げながら、彼女はまたぼくの勝ちだねーと朗らかに笑う。
「もういい加減諦めればいいのに」
「無理な注文だな」
 剣の柄を弄びながら、「ふうん…」彼女が肩を竦めた。
「そんなにまでして強くなって、シェゾは何がしたいの?」
「……」
 興味本位の彼女の言葉に、彼があからさまに眉を寄せる。
 強くなって何がしたいのだとか。
 他人の力を奪って魔力を高めることに何の意味があるのだとか。
 そんな疑問は飽きに飽きて、うんざりするほどに飽きた。
 いわばこれは呪いなのだから。
 全てを破滅させる魔導。他人の力を奪い自分のものにして、闇が覆う世界を指先から少しずつ増やして行く。
 そう、意味などなく、自らが破滅するまで。これは呪いだ。
 そしてそんなことを彼女に話して何になるだろう。
「お前には関係ねーよ」
 彼は抑揚の無い声でそう言い放ち、目を背けた。
 彼女がうーんと腕を組む。
「いっつも喧嘩をふっかけられる身としては、全くの無関係でもないと思うけどなあ」
「お前が自分の力を磨いてんのと同じようなもんだ」
「きみは切羽詰まってるようにみえるけどね」
「……」
 彼女は学校を卒業して『魔術師の卵』と呼べる身となってからは、ほぼ物見遊山のような無責任な旅に身を任せていて。
 生来の厄介なものを呼び込む性質に頭を抱えながらも、興味の向く方向へ冒険を楽しんでいる。だからがむしゃらに力を求めて修行することも無い。
 元より神に愛されたと言って過言でないほどに強い、魔導の光に恵まれているからとも言えるが。
 そんなことを考えて恨めしげに彼女を睨めつけながら、彼は盛大に嘆息した。
「俺には、力が必要だから欲しいんだ」
「どうして力が必要なの」
「お前には関係ねーよ」
 先ほどと全く同じ調子で言い捨てる彼を意に介さない様子で、彼女が身を乗り出す。
「なんでさー? 聞かせてよ」
 彼女の金の瞳を見つめ、迷いながらも数秒後に彼がゆっくりと呟くように零した。
「……本当に必要で大事なもの以外、全て消し去るため、だな」
「必要なものって、力でしょ?」
「ああ」
「力以外、ぜんぶ消しちゃうの?」
「そーだよ」
「じゃあ本当に大事なものってなに?」
 彼の暗い言葉にも全く怯む様子もなく、彼女が目をきらきらとさせながら首を傾げる。
 そんな彼女に「…」彼がうるさそうな顔で眉を寄せた。
「お前は何だってそんなこと知りたがるんだよ」
「そりゃあ…シェゾのこと知りたいからだよ」
 決まってるじゃん、と彼女が屈託の無い笑顔を向けてくる。
 その笑顔に毒気抜かれたように目を見開き、彼が諦めたように「…本当は、」やれやれと首を振った。
「俺には俺以外、本当に必要なものなんてねーよ」
「えー」
「だから俺以外の全てにとっても、俺は必要じゃない」
 そう言って顔を背ける彼の横顔を眺めながら、「ふうん…」彼女は何をも否定しない。
 けれど笑って、提案だとでも言うように手をぽんと打った。
「持っているもの、全部持っててはじめて、シェゾじゃないか」
「は?」
 目を丸くする彼に、尚も明るく笑いながら彼女が続ける。
「シェゾにとって、きみは必要なものなんでしょ? ならきみをつくってるもの全部、必要ってこと」
「……」
 彼女の世界で、軋んだ音を立てるものは何も無いらしい。
 その能天気な声に、言葉に呆れながら、彼は降参したように笑った。
「アルル」
「へ!?」
 突然呼ばれた名前に心臓が跳ね上がる。そんなことは露知らず、彼は笑いながら続けた。
「お前、やっぱりバカだな」
「なっ…何だよ急に! それに名前呼ばないでよ急に!」
 びっくりするじゃないか、そう言いながら胸を押さえる。
 少し赤くなった彼女の頬に気付くことなく、彼は唇を尖らせながら立ち上がり、埃を払った。
「悪いかよ。ほら、いい加減剣を返しやがれ」
「ううん、別に悪くないけどさぁ…」
 彼は普段フルネームでしか彼女を呼ばない。あまりにも呼ばれ慣れているはずの自分の名前が、急に特別な音を持ったように感じられたから不思議だ。
 そんなことを考えながら、彼女が差し出された彼の手に剣を差し出す。
 細く長い指が剣の柄を取り、しっかりと掴んだ。感触を確かめるように何度か握り直し、嘆息する。
「じゃあな。次こそはお前の魔力を貰うから、覚えとけ」
「はいはい。次こそは諦めなよねー」
 最早別れ際の挨拶になっているお約束の言葉に、やれやれと彼女が肩を竦めた。
 しかし言葉とは裏腹に、表情は楽しげで。予想していた通りのその表情に、彼も笑う。
「言っただろ、無理な注文だ」
 少し低い位置にある彼女の金の目が、彼の目に光を映した。
 会う度に、その魔力を目の当たりにする度に、言葉を交わす度に、浮かぶ感情の名前は不確かになって行く。
 そして感情の存在は確かに。
 眩しそうに彼の青の目が細められる。
「アルル」

 必要だから、欲しいのだ。






 end.



02.もう一度呼んで