「だーから! 余計なお世話だっつってんだろ!」
「ほらぁ、動かないの!」
 煩そうに彼女の手を振り払うと、彼女の両手から放たれていた淡い光がかき消える。
「大体なんでお前は容赦なく攻撃してきたくせに、その後ヒールすんだよおかしいだろ!」
「先に攻撃してくるのはそっちでしょ。勝負ついたならいいじゃん回復させてくれても」
「だからそれがおかしいって…」
「いいから大人しくしなさい!」
 非難する彼を押さえつけるようにその場に座らせると、彼女は再び癒しの光が零れる両手で彼に触れた。

 彼が口を閉じて大人しくし始めて、わずか数分。
 ひとまず目立った傷が消えた所で、居心地悪そうに身を捩る。
「ほら、もう十分だろ。放せ」
「お礼くらい言いなよねー」
 腰に手を当てて、彼女がもう、と頬を膨らませた。
「俺は頼んでねーよ」
「それもそっか」
 あははと彼女が朗らかに笑う。
「…」
 その様子に彼が半目で嘆息すると、立ち上がり口の中で呪文を唱え始めた。
「行くの?」
 テレポートの呪文だと読み取った彼女が、彼の顔を覗き込むように首を傾げる。
 仕方なく詠唱を中断し、彼が首を横に振って言った。
「俺は忙しいんだ。往生際の悪い誰かから魔力を奪う手っ取り早い方法を研究していてな」
「まーだ諦めないんだね」
 往生際悪いのはそっちだと思うけど。そう付け加えて肩を竦める。
「当たり前だ」
「強くなりたいからぼくの魔力が欲しくて、でも力がいまいち足りなくていっつも返り討ちに会って、だからやっぱり魔力が必要で…」
 不毛だなあ、そう言って笑った。
「うるせーよ」
「ぼくはきみのこと弱いなんて思ってないけど」
「じゃあたまには負けてみろ」
 彼が無粋に唇を尖らせて言う。その子どもっぽい表情にまた笑みが零れた。
 それを捨て台詞として、また気を取り直すように咳払いをし、再び呪文を口にする。
 少しずつ彼の周りに光が集まり始めた。それを眺めていた彼女が「…ね、」また口を開く。
「寂しがってもいい?」
「は?」
 思わず再び呪文を唱えることを中断し、彼が素っ頓狂な声を上げた。
 彼女は嘆息しながら「…だから、」やれやれと肩を竦める。
「魔力が欲しいとか、そんな口実いらないからさぁ…」
「??」
 片眉を上げて訝るような視線を向けてくる彼に、彼女が焦れたように地面を踏み鳴らした。
「もう、わかんないならいいよ!」
「?? 意味わかんねー。何怒ってんだ?」
「怒ってないよ。ただきみってたまにすっごく頭悪いよね」
「んだと!? 喧嘩売ってんのかお前!」
「いつも喧嘩売ってくるのはそっちでしょ! もう、とっととテレポートしなよ」
「言われなくても、大体そっちが…」
 引き止めたんだろう、そう続けようとしてはたと彼の表情が固まる。
『寂しがってもいい?』
『魔力が欲しいとか、そんな口実いらないから』
 不意に彼女の先ほどの言葉が蘇った。「………!?」彼女の顔に視線を戻す。
 彼女の言葉の意味を。この瞬間に自分は把握してしまったのだろうか。
 この把握の仕方で、正しいのだろうか。
「お前」
「あーあーあーいいから! とっとと行ってよ」
 焦ったように大声で彼の言葉を遮ると、彼女がぐいと彼の肩を押しやった。
 彼女の顔を凝視しながら彼が何かを言おうと口を開き、「…」結局躊躇うように閉じて。
 そして考えを払うようにぶんぶんと頭を振ると、三度目。己をこの空間から移動させる呪文を口の中で呟き始めた。
 やがて幾筋もの糸が彼を別の場所へ運ぶべく、彼の身体に絡み付いて行く。
「それじゃあね」
 自分には紡ぐことの出来ない、しかし彼との対峙を重ねることで慣れ親しんだ、その古の魔導のにおい。
 魔法の発動のタイミングを見計らい、彼女が軽く手を振る。その手をぼんやりと見て、彼が口を開いた。
「…おい」
「なに?」
「言っておくが、俺は、お前の魔力が欲しくてお前を追いかけてんだからな」
(この期に及んで…)
 明らかに意図的に目を逸らして言う彼に項垂れながら、「そーーだね」彼女ががっくりと肩を落とす。
「…でも、ぼくの方がずっと強ければ、きみはこれからもぼく会いに来てくれるんだよね」
「……そうなる」
「じゃあ、」
 負けないよ。
 挑むような言葉を、毒気も悪意もない満面の笑みで。
 彼女のそんな笑顔を見て、彼は「…じゃあ」眩しそうに目を細めた。
「そう日を置かず来てやるから、覚悟しとけ」
 不機嫌な顔か皮肉めいた笑みしか浮かべない彼が、珍しくふと穏やかに笑う。
「…!」
 どきりと胸の奥が驚いたのを彼女が感じた瞬間、光の束が彼をこの場から抜き去った。




 そして互いに立つのは同じ空、しかし遠い空の下。
(…まずい)
 離れた場所で同じことを同時に考えたのは、偶然か、それとも、触れ合っている部分が少しでもあるからか。
 ばらばらの二人の心が重なるまでは、まだ少し。

(次に会ったときどんな顔をすれば)


 けれど、あと少し。






 end.



04.指折り数えて逢いに行く