「クラウドは誰のことを考えてるの?」
 『扉』が開く兆しを待ちながら、ティナがぽつりと言う。
「…『誰のこと』?」
 不意の質問にクラウドが疑問符を浮かべた。首を傾げる様子にティナが微笑みながら「だって、」と続ける。
「わたしのことを守ってくれるときも。誰かを思い出してるみたいに見える」
「……よく分からないな」
 開いた扉を潜る直前に、背に負う大剣がずしりと重くなった気がした。忘れている何かの存在を主張するかのように。

「お、無事だったか」
 扉の気配を感じてそこに待っていたのか、その空間に足を踏み出した途端にフリオニールが走り寄って来る。
「一人か」
 預かっていたのばらを手渡しながら言うクラウドに、フリオニールが肩を竦めた。
「さっきまでバッツとジタンがいたんだけどな。宝探しだって飛び出してったよ」
 やれやれと笑うフリオニールを見ながらティナもくすりと笑う。そんなティナの様子を見て、クラウドが「…あぁ、」思い出したように尋ねた。
「おまえは…誰のことを思い出してるんだ?」
「…『誰のこと』?」
 先ほどの自分と全く同じように返すフリオニールにクラウドは眉を寄せ、ティナはおかしそうに笑った。
「それにまつわる…誰か・とか、何か・の…記憶はあるのか?」
 それ、がのばらを指すのだと理解して、ああと頷きながらフリオニールが手の中ののばらを目の高さに掲げる。
「この世界に来たときに持っていたってだけで…やっぱりよく覚えてはいないんだ」
「…そうか」
「でも、やっぱり何かあるんだ、上手く言えないんだが、大事な何かが」
「…」
 眺める度に、その『何か』は記憶の扉を叩く。
 それは思い出せない自分を責める音ではなく、言うなれば心の奥底に湛えられた泉を揺るがすような、力強い音。
「あー、オレは上手く言えないことばっかだな」
 悔しいな、と苦笑するフリオニールに、クラウドが生真面目に首を振った。
「別に困らせたいわけじゃないんだ」
「分かってるよ」
「ただ…何も考えてないと、分かってないまま進むと…俺はまた、大事なものを無くしてしまいそうなんだ」
 『また』というその言葉はあまりに自然で。フリオニールとティナが顔を見合わせた。口にした本人は俯いたままで、気付かなかったようだ。フリオニールは手の中ののばらを愛おしげに眺め、頷いた。
「……分かってる」

 次の扉に向かいながら、尚も考え込んでいる様子のクラウドにティナが遠慮がちに声を掛ける。
「クラウドには、きっと大切なものがたくさんあるのね」
 横を歩くティナに顔を向け、クラウドが困ったように眉を寄せた。「大切なもの、」と小さく零す。
「…よく分からないな」
「わたしも、まだ…よく分からないけど。でも…だからきっと、クラウドは強いんだと思う」
 微笑みながら頷くティナと、戸惑うような表情のクラウド。二人の少し後ろを歩きながら、フリオニールも一人頷いた。失いたくないものがあるからこそ、クラウドはあんなにも強いのだ。剣を交えてつくづく彼の強さは理解できた。
 そして少し考えてクラウドが口を開く。
「でも…大切じゃないものなんて、あるのか?」
「!」
 その言葉に、目が醒めたような感覚を覚え、フリオニールが思わず立ち止まる。
 ティナが「そっか…そうなんだね」クラウドの青の瞳を眺めながら、胸の内を確かめるように何度も頷いていた。

 大切なものを失いたくないがために、彼はあんなにも強い。
 そして、大切なものがあまりに多すぎるがために、彼はこんなにも弱くうつろう。それを知ってしまった。

 ここに、『何か』を何とも分からないまま、失いたくないと望んでいる仲間がいる。
 もう少し、もう少し強くならなければ。そんなことを考えた。
 その強さは手にしたのばらを握り潰してしまうようなものではなくて。

「…あー、やっぱり難しいな」
 言葉にすることも。言葉にした想いを伝えることも。その想いを、実現することも。
 またのばらが色々な影を呼び起こし、胸の泉を波立たせる。
 燃え立つ炎の柱、舞う赤い花びら、翻る白い布、掲げられた紅い剣、揺れる長い髪、微笑む唇、名を呼ぶ声。

「大事じゃないものなんかない、か」
 頭をがしがしと掻きながら、フリオニールは前で待つ二人の元へ早足で向かった。



 end.



04.赤きあの日に真実を知る、一縷の希望に光を託す