泣いたのはどうしてだか、わかりますか?











フェイクスノウ












 ぎゅ、ぎゅと踏みしめる感覚は、雪そのものなのに。
 空調の効いた室内では、白い息など出るはずもない。見上げればガラス張りの天井越しに白い空が見える。
「雪が見たいって、これのことか」
 歩が零しながら、そこについた足跡を興味深げに眺めた。
「これなら寒くないし、思い切り遊べますよー」
 嬉しそうにざくざくと駆け回りながら、ひよのが笑う。
「遊ぶって…これじゃ雪だるまは無理だな」
 足下の雪をすくいながら肩を竦める歩に、ひよのものんびりと頷いた。
「雪合戦もちょっとご勘弁、ですね」
 デパートの一階に特設された小さな庭。
 そこに敷き詰められた真っ白な雪原を模しているのは、全て塩だという。
「本物とそう違わないもんだな」
「ほんとですねー、よくまぁこんなに沢山のお塩を集めたものですよね」
 辺りを見渡すと、そこら中に自分達がつけてきた足跡がひしめいていた。
 それだけこの雪原が広く、そしてそれをつくっている塩の量が大層なものだということで。
 感嘆と呆れ、半々で息を吐くひよのをよそに、ぼんやりと歩が独りごちる。
「…案外、誰かの涙だったりしてな」
「――へ?」
 予想外の歩の発言に、素っ頓狂な声を上げながらひよのが振り返った。
「冗談だよ」
「…空が泣いたんですか?」
「だから冗談だって」
「空はどうして泣いたんですか」
 尚も食い下がるひよのがあまりにも真剣で、「だから、――」歩がたじろぐ。
 見上げると白い空。ガラス張りのそれは風も空気も陽の光も雨も、勿論雪も。降らせることはないだろう。
「本物の空になれなかったからじゃないのか」
 何を真剣に答えてるんだ俺は、と照れと呆れに眉を寄せる歩を、ひよのが呆然と見やる。
「この空は雪を降らせたかったんでしょうか」
「さあな」
「だけどそれが出来なくて、代わりに泣いたんでしょうか」
「さあな」
 だから冗談だって、と言いながら口を噤む。
 こんなに塩を積もらせるくらい泣くか?
 本物になりたいからって、なりたかったからって。
(――ああ、確かに泣くかもな)

 この光溢れるガラス張りの箱庭は、大量に投下された塩は。
「なんだか少し、私みたいですね」
 小さな小さな呟き。
「何か言ったか?」
 拾えなかった歩が首を傾げるが、ひよのは何でもないですよーと笑顔で首を振る。
 空から降り積もることなく、突然完成させられた雪原。
 つくられたこの器に、つくられた魂。
「なんだかずるくないですか? 時間をかけて降り積もることもせずに、そこに完成されたものがあるなんて」
 雪ならば空から少しずつ、時間をかけて降り積もっても、地面に溶けてしまうのに。それでも降り積もるのに。
「ここのことを言ってるのか?」
「勿論ですよ」
 頷くひよのを見て、「それじゃあ」歩が肩を竦めた。
「良いと思うけどな、俺は」
 さらりと言う歩をひよのがまっすぐに見つめる。
「…ここのこと以外のことだったら?」
「良いと思うよ」
 俺はな、と付け加えて苦笑する。
「……」
「意味があって、存在してるんだろ」
 ここの意味はよく分からんが、あんたがここで楽しんで笑ってるならそれだって意味だろ。
 そんなことを言って、照れたように目を逸らした。

「……」
 私にどんな意味があるのか、私にすらわからないんですよ。
 ここに広がる地面に溶けて消えることの出来ない雪のようですら居られず、深い傷跡を残すかもしれない。
 それでも、ここに既にあるもの以外に、降り積もるものが欲しくて。
(――ああ、確かにきっとこの空は泣いたんですね)

「…おい、ここの雪を増やすつもりか?」
 ひよのの頬を伝う涙に、少し戸惑いながら歩が苦笑した。
「……鳴海さんのせいですよ…」
 零れ落ちた温かい雫が、足下の塩を数粒溶かして行く。
「大体なんであんたが泣いてるんだ」
「鳴海さんには一生わからないです」

 このかりそめの器、いつわりの魂から溢れてしまった想いも。
 この地面に溶けて行く雪のように、いつか昇華することがあるだろうか。









   終



さかなさんにいただいたお題「ニセモノの雪」でした。
年末もといクリスマス前にいただいたネタだったというのに…そしてそのときはもうちょっと暖かい話をと思ったのに泣かせてしまってごめんひよのさん><


15/01/21


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