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  それは遠い日のいつか?












  + 未来予想図 +










 ぱらぱらと眺めていた雑誌で、ふと目に入ってきたページ。

『あなたの叶えた夢はなんですか?特集』

 それに寄せられた読者の小話というのは、ずっと溜め続けたタンス貯金でハワイに行ったとか、
 15回断られた好きな相手と漸く結ばれたとか、そんな話。
 他愛もない。
 いや、凄いといえば凄いんだが。

 そして
 俺はといえば…

「…望むものがあまりにも大きすぎて、届かなかったな」
 そう言うと、テーブルの斜め向かいでプリントを整理していたあいつがふっと目を向けた。
 ぱっと顔を上げた反動で蜂蜜色のお下げが揺れる。
 そしてもう一度俺の台詞を頭の中で繰り返したのか、少し間を置いて笑った。


「手を、伸ばしはしたんですね。 偉いもんじゃないですか!」


 俺が望んで、そして届かなかったものなんて星の数ほどある。


 だからどれのことか分かりもしないだろう。

 でも やっぱり、分かってるんだろう。

 その笑みで細められた穏やかな目に、ため息が出た。



 別に慰めて欲しいとかフォローが欲しいとか、そんなんじゃない。

 ただ雑誌でそういうコーナーがあって、
 ふと自分の場合は・と思い浮かべてみて
 思い出すまでもなく、あぁ叶えたものなんて無かったな・と再確認しただけ。

 そんな俺の思惑には全く介せず、こいつはニコニコと続ける。


「天まで伸びる豆の木が生えていて、それはお宝の山が眠るお城に続いていたとしても。
 それに登ろうとして、実際に登ることができてお宝を手にできる人。
 そんな人はごく僅かなんですよね〜」


 相変わらず、抽象的なのか具体的なのか分からない比喩表現。
 いつもながら、こんな例えを何をきっかけにして思い浮かべているのやら。
 自然と呆れ混じりの嘆息が出る。
 でもまぁ、理解に難くはない。


 ただ俺が黙っていることをいいことに、相手は更に続ける。
 こんな何でもないことに、なんでそこまで。 そう訊きたいほど、真顔で。
 まぁ、こいつは常に いつでも何に対しても全力なんだろうが。


「登ろうと木に飛びついても、登り切ることができない人。
 お宝は欲しくても、木に登ろうとしない人…
 登ろうという意欲を見せる人の方がいいと私は思うんですが」

「でも宝物を手にできないなら、同じだろ」


 (いつもながら)始める前から諦めることはだめだと、 そう言いたいのだろう。


「違うと思うんですけどね〜…」
「現実はもっと厳しいだろ」


 実際手を伸ばしたとしても、届かなかったのなら。
 その目的地の高さに怯えて、手を伸ばすことすらなかった者と 結果的には同じではないか。


 どんなに欲しても。

 手に入れたいと、
 守りたいと、
 逃げ出したいと、
 乗り越えたいと、

 どんなに欲しても。
 そのためにどれほど力を尽くして、
 涙して血を流して胸を焦がして努力したとしても。


 結果それができなかったのであれば、
 最初からそれをしなかったも同然なわけで。






「それでもですね〜!」
 ぷーと頬を膨らませて、子どもみたいな怒り方で彼女が意気込んだ。


「それでも、鳴海さんが欲しいもののために、
 目の前のものに立ち向かって行くなら!
 結果がどうであれ、私は思いっきり誉めてあげますよ!」

「……」

 にっこりと笑って、右手で宙を撫でる。
 頭を撫でるシュミレートか。


「届かなくてもですね、実際最後がどうなるか分からなくてもですね、…
 やってみることに意義や価値って、あるでしょう?」

「…」
 思わず口の中で笑う。
 あんたは本当、思った通りのことを言ってくる。
 想像できるのに、頭の中に簡単に用意できるのに、
 決して口にすることができない、

 そして

 俺が一番欲しい、言葉を。








「甘い言葉で慰めてもらうのが欲しいわけじゃないんだぞ」
「分かってますよ〜。 ふぅ、まぁ・それでこそ鳴海さんですけどね」

 このひねくれ者〜、 そう言って楽しそうに笑った。







 『それでも俺』
 『それでこそ俺』




 どうであっても認めてくれるその言葉、
 それがあったから在る現在・
 それに気付いてるよ、今は。

















 いつか、たぶん来るんだろう。
 俺が、あんたの言葉ひとつひとつ

 それをなぞりながら、
 糧にしながら


 踏み込めなかった「前」に


 踏み出す、そんな日が。















 終





そのときあなたが横にいればどれだけ良かったか…!(T_T)

でもそれでこそ鳴ひよ?