願わくば すれ違うことなく
+ 星に願いを +
七月のはじめ、暑くなり始めた夜。
「良かったー星が綺麗に見える!」
マンションのベランダで、理緒が空を仰いで嬉しそうに歓声を上げた。
「去年は曇りだったからね」
ビルの森と呼ぶほどではないけれど、都会ではあるから、満点の星空 とまではいかないけれど。
空を緩やかに星の群れが河を作っている。
御伽噺の男女のを分けた、にくしみが込められたはずのそれがあんなに美しいのはどういうことか。
しかしまぁ、とりあえず今日はその男女が年に一度河を渡って出遭える日で。
その幸せな一時に便乗するのか何なのか、短冊に願いを書いて笹に飾るという風習がある。
二人並んで座り、星を見ながら願いを短冊に書き連ねる。
「ねぇ、カノンくんは何て書いたの?」
しばらく何を書こうか悩んでいたようだが、理緒がカノンの短冊を覗き込む。
カノンはさらさらと動かしていたペンを止め、にっこりと笑った。
「ん?
理緒が僕を好きになりますように
理緒が僕を一生好きでいますように
理緒が僕以外の男を好きになりませんように
理緒が…」
「……………」
笑顔でのたまうカノンに、たちまち理緒の目が据わる。
「まっ…、まったくカノンくんはぁー! そんなことッ短冊に書かないでよ!」
額に青筋を浮かべて怒鳴る。
そしてブツブツ文句を言いながら、さらさらと自分の短冊に文字を書き、そのまま器用な手先を動かして笹にそれを吊るした。
『カノンくんの願いが叶いませんように』
「ちょっ それヒドいんじゃない!?」
短冊に書かれた内容に、カノンが苦笑する。
「ヒドいのはそっちだよ! そんなストーカーみたいなのは願い下げです」
「織姫と彦星に願ってるんだけどなぁ僕は」
そう言って笑う。
そして小さく、「飾れなくなっちゃったじゃないか」と呟いて、自分の短冊を丸めて側に置いた。
そのまま立ち上がると、笹の前にいる理緒の傍に立って、二人で作った折り紙の飾りを笹に吊るし始める。
他愛もない話をして。
そして笑って。
星を見上げて。
ため息を吐いて。
そうして年に一度、一生に一度の夜は過ぎて行くけど。
『理緒が幸せになりますように』
丸められた短冊にそう書かれていた切なる願いを。
理緒が見ることは無かった。
終
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