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 「カノン、おまえのせいじゃない」

 すべてが変な冗談のようだった。












  + 小さな裁判 +








 いつになく、激しい攻防が繰り広げられた。

 いつになく、ハンターの数が多くて。
 いつになく、ハンターの力が強くて。
 いつになく、こちらは苦戦していて。
 いつになく、調子が悪くて。


 いつになく、運が悪かった。




 カノンは同時に7人のハンターと戦っていて。
 数週間前に負っていた足の怪我が治りきっていなくて。

 「敵」が手榴弾を放ったとき、ほとんど反射神経で横に跳び、普段ならそれで充分避けられるはずだったのだが。
 数cm逃げ遅れたその足が、一瞬吹っ飛んだのかと思うほどに痛んだ。

 吹き上げる煙に紛れ、両手合わせ12回の銃の引き金を弾いた。
 手応えがあったのが10発。
 確実に倒れたと確信が持てた敵が6人。


 12回分の、銃を撃つ衝撃による痛み、
 敵の周りを走り回る振動からくる痛み、
 自分のパートナーは無事かという、焦りからくる痛み、

 今考えるべきではないことに頭がいき、集中力を一瞬欠いたのが、


 運の尽き。





 残った敵がその隙を突いて、引き金を弾いたのが3回。

 反応に遅れたのが一瞬あれば、充分あの世への切符は買えるはずだった。
 でも、


 運は底を尽いている。


 よって、カノンの身体に命中した弾の数、ゼロ発。







「………………ァイ、ズ」



 自分に覆い被さるように倒れたアイズが、苦悶で表情を歪めた。
 しかしすぐに後ろ手で銃を一発放ち、敵を確実に仕留める。



「…アイズ」
 呆然としたまま起き上がり、がくんと力をなくしたアイズの身体を抱き留める。
 肩と足、脇腹に一発ずつ。
 ただでさえ血の気が薄そうなその体から、無情なほどの早さで血が流れ出て行く。



 うっすらと目を開け、カノンと目が合うとアイズがゆっくりと掠れ声を出した。

「大丈夫か」


「は?何言ってんの」
 その言葉に、青ざめたままカノンがわらった。
「大丈夫かって? ば、かじゃない? 大丈夫かって、僕が?君が?」
 思考が正常でないのが自分でも分かった。
 震えが止まらない。 なぜか喉の奥から笑い声が溢れてくる。
 今の状況がおかしくてたまらない。

「無事なら いい」
 そんなカノンに、アイズがふっと笑った。
 安心そうに。
 血の気がまるで感じられない白い手をカノンの頬に伸ばし、また笑った。





 この人間を守れた自分を誇りたいと思った。
 けれどその後命を落とす自分を恨めしいと思った。

 これからこの人間と共に生きる時間を奪われた恨み、
 これからこの人間に与えてしまう感情を思うとすべてが恨めしくてしかたない。






 どうか、謝罪の言葉を口にしてくれるな。






「カノン、…おまえのせいじゃない」




 相手が何か言おうとすると、もう一度言った。


「アイズ、――」
「おまえのせいじゃない、から」



 だから、―――






 言葉は途切れて。

 頬に触れていた鬱陶しいほどの冷たさが、ふと離れた。
 ざり、と音を立てて地面に落ちたその白い手が視界に入ると、急激にそれが恋しくなった。



「アイズ」

 返事は無いけど。

「アイズ」

 何が起こったか、ちゃんと理解しているけど。

「アイズ」

 わかっている。
 相手は、当然のことをしたつもりなのだろう。
 満足そうな顔が物語っている。

 逆の立場でも、当然のように同じことをしただろう。
 自然の摂理のように彼を守っただろう。



 だが。

 今のは自然に反していた。



 星は命を捨ててまで、塵を守ることはなかった。










 とたんに世界から色が抜け落ちた。

 理想という理想
 色という色
 夢という夢
 意味という意味
 言葉という言葉





 すべてが流れ落ち、急激に自分の立っている場所への興味が失せた。




「君は間違ってる、アイズ」


 自分を守ったことも。
 恐らく今まで自分を救ってきたことも。


 おまえのせいじゃない、という言葉も。






「僕のせいだよ」


 結果がわかりきっていることでも裁く必要はあるだろうか。


 あの綺麗ないのちを消してまでこの命が在ることだけで罪だ。





 未練はない、意味もない、興味もない、名残もない、

 愛しさやら憎しみやら
 本能に近い感情の断片だけを残し世界は崩れ去り、



 けれど少しだけ運が良かった。

 人間の本能である生きようという「自然」だけは残っていなかったから。




 あとをひくものは何も無い。




















 さぁ、死刑執行。














 どうせ誰も気付きやしない。



 今日、ひとつの星とひとつの塵が消えただけ。












 終





すみません(深々)
ちょっとロミジュリみたいな話が書きたくて…この後アイズが実は生きてて、カノンの死体みて自分も自害したら完璧だった(オイ)
すみませ…
でもこのカノンのやり方考え方は本当に気に入りません。 本当にね。
この題だから考えた話。
「小さな」だから。
すっごくアホらしいもの、狭いもの、愚かなものみたいな「小さな」。
誰も見取るものはいない、判事も傍聴人もいない、
ただ死刑執行人がいるだけの間違った「小さな」。