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 癒すものは何もなく
 ただまたそこに何かを構築することは








  + 夜の音楽 +








「ちょ、本当やめてくださいよ、浅月さ…ッ、ぅ」
「だからそれなら刺せばいいの、俺を」

 服は面倒だからただ前だけ肌蹴させただけ。
 頭の奥では俺はかなり冷え切ってるつもりだったんだが。
 どっかで嬢ちゃんの何かを試そうとしてるのか、その身体を這い回す手の動きが自分でも呆れるくらい緩慢だった。

「私に、できるわけないじゃ…――ぁ、 ない、ですか…ッ!」
 ナイフを握る右手がカタカタ震えている。
 あぁ。出来るわけがねぇと思いながら渡したんだ。
 言い訳だよ。 分かってるだろうけど。

「だったら俺ぁ続けるよ?」

 浅く笑いながら告げるが、嬢ちゃんはそれきり何も言わなかった。


 がちゃり、と、嬢ちゃんが手を離し
 その中にあった俺が渡したナイフが床に落ちて音を立てたのがやけに大きく響いた。










 身体が欲しいとか思ってた俺が実際した事は身体を求める(いや、奪ったんだろう。 誰からかは知らないが) 事以外の何でも無かったのに。
 嬢ちゃんもあれから何も言わず、何の抵抗もせずに喘いでいた。
 肌を合わせるだなんて表現は全く似合わない。
 ただ互いに熱を埋め合うんだか掠め取るんだか、何もかも放棄して腰を振って快感だけ追って、
 果てたらまた求めて。 それの繰り返し。
 肌を合わせるだなんて表現は全く似合わない。 ただの交尾だろ。


 身体だけでも欲しいなんて抜かしていた俺は 嬢ちゃんをけっこー前から女として見てたわけだし、性的なイメージに結び付けていなかったわけじゃない。
 だから身体だって求めたし、実際そうしたんだが。

 思ってた通りなんだか予想外なんだか
 いや、予想以上に 嬢ちゃんの身体は温かかったけど。


 俺は欲しいモノを手に入れたはずなのに、同時に襲ってきた言いようのない虚無感と、
 耳について離れない嬢ちゃんの甘い声と、
 今にも嘲笑しそうなほど 憐れみをまとって俺を眺めていたあの目を思い出して
 いや、思い出すとかじゃなくて それが頭から離れなくて戸惑っていた。












「…………俺は、…嬢ちゃんを 好きなんかじゃねぇから」


 壁に寄り掛かって息を整えてんだかただボンヤリしてんだか、
 遠い目で床を見つめていた嬢ちゃんに俺が言った。

 なんでこんな事言ったんだか(しかも嘘)分かんねぇけど。
 たぶん そういう事にした方がラクだと思ったんだ。
 あっちは俺にカケラも気持ちが無い。
 今さっきの事を考えると尚更だ(実際やった俺に言う資格はねぇけど)

 だったら気持ちだって何も無いって風にした方が俺だってあっちの方だって楽だと思ったんだ。
 なのに。




「…そう、なんですか」

 言って、いつもの顔で笑った。
 汗と疲労感を浮かべた顔で、それでも 今さっきまで自分を犯してた人間を見てるとはとても思えないような顔で笑って、



「だったら、 今のこと… 私が忘れてもいいんですか?」



「………」
 からかうような口調だった。
「どういう意味だよ」



 忘れていいわけないだろ。
 覚えていて欲しいに決まってんだろ、どんな事でも。 こんな、嬢ちゃんにとっては吐き気がするようなコトでも。
 なんでそんな顔向けてくんだよ。
 期待してしまうじゃねぇか。



 身体だけでいい なんてあるはずがない。

 くれるなら心も欲しい。

 心だけでいいなんてコトも言わない。
 俺は男で 人間で んで嬢ちゃんがスキなら
 言葉とか優しさとか笑顔とか そんだけで満足するわけない。

 別売りなんてしてないで、
 身体も心も二つまとめてくれよ。
 片方しかくれないんならもう片方だっていらねぇよ。
 でも欲しいから。

 二つくれよ。なぁ。










「私 今日の浅月さん忘れませんから」



 咎めるとか非難するとか、そんな風ではない様子で、嬢ちゃんが言った。
 あまりににこやかに言ってくるもんだからホント拍子抜けだ。
 どういう意味なのか、問おうとしたら

「―――?」
「――あ、始まりましたね」

 不意にピアノの音が流れこんできた。
 すぐ上にある音楽室からだろう。
 窓から外を見ればもうすっかり暗くなっていて、こんな時間にピアノを弾いているなんてと疑問に思ってみるも、すぐに分かった。
「鳴海さん、いつも誰もいない遅くにこっそりピアノの練習してるんですよ」
 嬢ちゃんがまるでウチの子自慢みたいな口調で言った。


 練習、なんて言っては勿体無い気さえする、洗練された音。
 俺は音楽とか全然分かんねぇけど、弟の弾くピアノには何らかの力を感じた。カノンと戦った時にあいつが弾いた時と同じ感じだ。

「鳴海さんのピアノが私がどうして大好きか分かります?」
 嬉しそうに訊いて来る。
 そんなの、鳴海弟が好きだからに決まってるじゃねぇか。
 と言おうとしたが、別に答えなんか求めてなかったのか、嬢ちゃんは勝手に続けた。


「鳴海さんのピアノを聴いていると、心が洗われるんですよね」


「――は?」
 あまりに予想外の言葉に間抜けな声を出してしまった。


 心が洗われるって言うか、何て言うか。
 自分に足りないものに気付かされたり、不安をもたらされたり、
 でもなんだか嬉しかったり楽しかったり、全部ひっくるめて幸せだったり。
 そんな感情がいっぱい湧いてくるんですよ。


 と、そんな内容のコトを嬢ちゃんは誇らしげに言った。
 メロディーが降って来る天井を幸せそうに見つめながら。




 ―――なんだ、俺と同じなんじゃねぇの。




 俺が嬢ちゃんに感じてる事と全く同じコトを、鳴海弟に感じてるんじゃねぇの。

 じゃあ何で。
 何でこいつは俺みたいに汚いコトまでして奪おうとしねんだよ。
 俺がヤった事で嬢ちゃんを汚してやったとかそんな事考えてるわけじゃない。
 なのに 何でこんなに綺麗なんだ。
 何で報われる事を考えない、
 欲しいと強く求めない、
 自分の物にしようと手を伸ばさない、
 何で。

 なんで。




 悔しかった。
 でも何も言えず何も言わず、ただ泣きそうになるのを堪えていた。




 ただ上からは吐き気がするほど綺麗な音が流れてきて、この部屋をいっぱいに取り巻いてるみたいだった。


「浅月さん、 どうして私がさっき… 今日の浅月さんを忘れない と言ったか分かりますか?」


 まるであやすように優しく嬢ちゃんが訊いて来たけど。
 俺は何も答えられず、ただ肩にかかる嬢ちゃんの手の温度を呪おうとだけ 必死だった。












 終





なんか凄いことになってしまいましたが(汗)
ここまで読んでくださってありがとうございます…!ひゃー今回のはかなり抵抗あったお方いると思うんですが;
こーひよではやはりひよのさんが黒いよりも、荒んだこーすけが眩しいひよのさんを見て目を細めてるくらいのが好きです。

どうしてひよのさんがこーすけを忘れない、って言ったのかは読んでくださったお方の感覚にお任せします(オイ) 実際今私が言うと書いた後の言い訳みたいになっちゃうので(T_T)