07




 静かに口を塞ぐには勿体無い。








  + 雨の日 +








 風邪を引いた日。
 学校を休み、眩暈から逃げるようにただベッドで寝そべっていると、気が付けば「彼」が傍にいた。

「大丈夫か? 火澄」
 しばらく泳いでいた視線が自分を捉えたことに安心したように、浅月は小さく息を吐いた。
「……なしておるん?」
「いちゃ悪いかよ」
 第一声がそれだったことに聊か不満を持ったような声。
 火澄は呆れたように笑い、渇いた喉から声を絞り出した。
「悪いって…家宅侵入罪やで」
「ブレードチルドレンに社会規範の話か?」
 ははっと笑いながら浅月は横にあった買い物袋をがさがさと漁り始める。
「何か食うか? 病人でも食えそーなやつ色々買ってきたけど…」
「学校はどしたん?」
「話聞けよオイ。 別にー雨降ってタルいし、フけたよ」
「お下げさんが怒るで」
「天気が良いとサボり出す嬢ちゃんにだきゃあ文句言わせねー」
「はは。そーか」
「んで、何か食う?」
「いらん」
「…食えよ」
「いらんて」
「はぁ。 やっぱりお前ってそーゆー奴だよな」
「何?そーゆー奴て」


 何?
 やっぱりとか、そーゆー奴とか。
 お前の中にはどんな俺がおるん?
 勝手に俺を位置付けしてやっぱり とかこれまた勝手に結論に持ってくんか。
 俺の知らないお前の世界におる俺は、やっぱり俺の知らないものかな。


「お前、食べることとか寝ることとか…生活の活力源みたいなの? すーぐ放棄しそうだよなって」
「そんなコトあらへんて。 単に具合が悪いだけやんか」
「じゃあ何で風邪なんか引いてるんだよ。 不養生だからだろ」
「俺はお前と違ーてアホやないから風邪かて引くんよ」
「何それーむっかつくんですけどー」
「本当のことやろ。 …それに失礼やないか、勝手に俺のこと生に執着してへん人間みたいに」
「違うのか」
「合ってるとか違うとかの問題やない」



 そう。
 悔しいやんか。
 俺の知らないうちに、勝手に俺のイメージが作られて。
 俺の思考とは全く別の場所で、お前は俺という人間の行動パターン読んで。
 それが当たると「やっぱりな」とかって笑う。
 俺の知らない世界で作り上げた話を実際の俺を見て答え合わせして、自分が読みの深い人間ってことを自分に見せびらかして満足する言葉やんか、「やっぱり」って。


「あらあら、お気に召しませんでしたか、やっぱ」
「………俺の話聞いてた?」
「聞いてたよ、だからじゃん」
「…もーえぇわ。 お前ワケ分からへん」


 ほんまに。
 分からへんよ。

 ワカラナイものほど気持ち悪いもんはないな。
 あぁ気持ち悪い。
 気持ち悪い。

 気持 ち が


 胃がぐるりと回った感じがした。
「う”…吐き気そ…ッ」
「げっ、マジで? うわわトイレトイレ。 立てるか?」
 浅月が焦ったように立ち上がる。 火澄の右手をとりはしたものの病人を歩かせて良いものか迷っているようだ。
「だいじょぶ…」
 口を押さえゆっくりと立ちあがると、景色がぐらりと揺らぐ。
 それでも力の入らない足を無理やり踏ん張り、洗面所に向けて歩き出した。
「よし、待ってろよ塩水入れてくっから。 倒れんなよ」

 肩を抑えていた手が離れた瞬間、少し冷たい空気が流れた。
 寂しかったのかな。
 でも倒れなかったから平気なんだろう。




「はぁ…」
「口ちゃんとゆすいだか? 胃液が残ってると溶けるぞ歯ァ」
「だいじょーぶや」
 よろよろとベッドに戻ると、浅月もそこに膝をついて顔を覗き込むようにする。
 火澄が居心地悪そうに眉をひそめた。
「近い。 顔」
「いいじゃん。 ダメ?」
「良くはない」
「言うと思った」
 そうやって浅月はくすくすとからかうように笑い、少し顔を遠ざけて。


 ほら また。
 やっぱりとか 言うと思ったとか。
 何やねんそれ。
 お前の中に俺のダミーがおるん?
 お前は何か言う度にそのダミーがどんな行動とるかチェックしとるんか?
 だったら 何かイマの俺が必要ないみたいやんか。
 言葉は読めても本心は読めてないくせに。


「お前の中に俺が既におるんなら、ずっとそれと居たら良いやんか」
「は?」

 あれ。
 言葉に出てしまった。

 まずい。
 これは誠に芳しくない事態だ。


「何言ってんの? お前」
 浅月がおかしそうに笑う。
 ああ。認める確かに可笑しいわ。 今の発言。
 よく考えてみればこの思考自体が可笑しいわ。


「良いですね〜火澄さん。 自信満々ですか」
「…何やソレ」
「俺の中にお前がいるって確信が素敵じゃないですの」
「…」
「や、当たってるから黙る必要はないよ」
「……」

 そりゃ黙るわ。
 つーか言葉がないわ、あほ。







 風邪を引いたのは、
 雨の中学校から歩いて帰ったからだった。
 普段から面倒臭いと何か食べることもないし、これまたどこか面倒くさくて寝ることもせずにボーっと時間を潰すこともあった。
 何故かは分からないけれど。
 生きようという意思があまりない、と言われればそうかもしれない。 死のうという気だってあまり ないけれど。
 あまり興味がなかった。


 不養生、その通りだった。




「お前がごっつむかついた場合、俺はどうしたら良い?」
「何でむかつくんだよ」

 むかつく。
 心から楽しそうな顔で、優しい顔でそう言うのがむかつく。
 こちらは向こうの気持ちなど全然読めないのに、向こうはこっちの言動や行動までパターン化してそれを当てられるという事実も実に気分が悪い。


 何も言わずにただ睨みつけてだけいると、浅月はまた笑った。少しだけ困ったように。
「ま、好きにしろよ。 俺もそうさせてもらってる」
 言うと急に立ち上がり、火澄の額をぺたんと叩いた。
「!」
 その額に冷気を感じ身を縮めると、今度はふわりと唇に暖かい感触。
 一瞬だけ。
 そして息を感じるほどの距離まで顔を離し、小さく尋ねる。
「お前の中に俺はいないの?」
「…………」


 いるよ。
 いる。
 だから辛い。
 読めないのが怖い。
 読まれてるのに読めないのが怖い。
 でも確かにいる。
 胸が痛むのが自分だけというのが怖い。
 でも

 確かに




 またしても俯いて黙っていると、浅月はこつんと額を合わせ、
「風邪引くから今日は離れなさい、って言わないといけないんじゃねーかな、火澄君?」
 と言って目を細める。
「…お前はアホやから風邪も引かんやろ」
「言うと思った」


 また言った。
 また笑った。


 額の冷気はたぶんこいつが今さっき冷えピタ貼ってくれたんだろう。
 ああ分からない。
 気持ち悪い。




 全て梅雨の所為か。












 終





ゴフッ(吐血)
実はあゆひずより好きです。
フォモ大好きです(激痛)