06




 何よりも鈍く 心を抉り出す








  + 君とナイフ +








 誰だって人のモノを奪いたかないさ。
 でも
 本当に欲しいモノが誰かの手の中にあったらどうすんだよ。
 穏やかに手に入れることなんか出来やしねぇ。
 だったら諦めるしかない。
 でも どーしても諦められなかったら?
 奪うしかないだろ。

 でも
 その欲しいモノが
 人の物を奪う 略奪?だとか
 そんなのを果てしなく嫌うような綺麗な奴だったらどうするよ。


 綺麗には手に入れることなんか出来ねぇだろ。

 そうなんだよ。つまりは。










 好きかどうかは分からん、面倒くせぇし。
 ただ 欲しい。 こっちのが簡単だ。

 好きだってんなら、相手の意向はどうあろうが、報われようが報われなかろうが、好きなんだろ。
 相手にその気持ちを押し付けたりしないで、ただ好きであることに嬉しさだとか、苦しさだとか要するに全部ひっくるめた幸せを感じてりゃ足りるんだろ。

 だったら俺のは違う。

 欲しい。
 人間の身体と心が別売りだとして、どちらか一方だけでもいいか ってんなら
 そうだよ。

 どっちか一方でも欲しいよ。



 生憎 心の方は予約済みっぽいから
 残ってる

 身体だけでもさ。










 放課後少し遅く。
 新聞部室を覗いてみると、いるだろうと思ってた鳴海弟はいない。
 まぁ、そんな常に毎日一緒にいるってわけではないんだろう。


 嬢ちゃんは作業中だった手を止め、お茶淹れますねー、とか言ってパソコンの前を離れる。
「おっと、なぁ嬢ちゃん」
「はい?」
 目の前を通り過ぎようとした新聞部長の腕を引っ張ると、不思議そうな顔で立ち止まった。

「………」
「?」
「………」
「…浅月、さん?」
 ずっと腕を掴んだまま沈黙していることを訝しんでか、嬢ちゃんが眉をひそめる。
 ふと、ぐいと腕を引いて抱き寄せると、かなり驚いたようでびくりと嬢ちゃんの身体が震えたのが分かる。
 割と普通の女子の反応だな、と心の中で笑うと、そのまま机にその背中を押し付ける。
「っ、ちょ、浅月さんッ!?」
 やっとこ俺の意図が掴めたのか、非難混じりの声を上げると腕を突っ張って胸を押して来た。
「ん?何しようとしてるか分かる?」
「…わ、分かりますよッそりゃ…」
「じゃあ いいじゃん」
「何言ってるんですか!もしかして酔っぱらってますか、浅月さん!?」
「いや、マトモだよ俺ゃー。 何?それとも弟の奴に操立ててんの?」
 我ながら下卑た会話をしている。
 この嬢ちゃんと話すにはあまりにも不釣合いだと思う。 でも。



「私と鳴海さんはそんなんじゃありません!」

 この嬢ちゃん、力は普通の女子よりあると思うんだが(前の弟へのボディーブローの件といい) 今いちこの場合本気で抵抗してるのかよく分からない。
 声を荒げ、顔を真っ赤にして必死で押してくる。

 この顔も悪くないが 笑った顔の方が俄然好きではあるな。

 なんて救えないことを考えてみる。
 やっぱり欲しい。
 どっちか一方でも。
 心がダメなら

 身体 だけでも。





「へー、弟とそんなんじゃねぇんだ? じゃあ尚いいじゃん」
「よくないです!」


 きっとこのまま言い続けても堂々巡りだろう。
 面倒臭ぇな、と嘆息し、尚何か言おうとする(当然か) 口を塞ぎにかかる。
「…、」
 唇が触れようとした瞬間、ふとあることを思い出し、顔を離す。
 下の嬢ちゃんと言えば、顔を真っ赤にしたまま何か言いたそうで、でも何も言えないといった複雑な顔だ。
 まぁ何も言ってこないのは都合が良い。
 俺はケツのポケットから折り畳みナイフを取り出した。
 刃渡り7センチくらいの、乱暴用には全く不向きです、と言ったただの市販の万能ナイフ。

 それを慣れた手つきでパチン、と開いて刃を出すと、嬢ちゃんが思ったより静かな目でその刃を凝視している。
 さすが、こんな系の脅しはこの女には通用しねぇんだろう。
「…」
 今ので頭が冷えたのか、嬢ちゃんはかえって冷静になったように大人しくなった。
「なぁ、嬢ちゃん」
 自嘲気味に笑うと、そのナイフを机に押し付けていた嬢ちゃんの右手に握らせる。


「本気で嫌だってんなら、それで俺をブッ刺しなよ」


 ここで初めて、嬢ちゃんが緊張し、息を呑んだのが分かる。
 これでいい。
 俺はそのまま顔を寄せ、強張ったままの嬢ちゃんの唇に自分のそれを重ねた。





「ずるいですよ…っ」
 吐息の合間に、嬢ちゃんが切れ切れにそう言うのが分かる。

 あぁ、分かってるよ。
 嬢ちゃんが俺を斬れないって。
 自分の腕は切り裂けても俺は絶対傷つけらんねぇだろうって。

 でも、そうやってしか
 奪えないだろ?

 奪う?

 誰から?


 分かんねぇけど。





 でも。


 こっちがどんなに強く抱き締めても、キスしても。
 首筋舐めても、身体は震えるだけで
 その腕は、
 ナイフを握ったままの右手も、
 ただの飾りのように動かない。 ただぶら下がったまま、時々びくんと刺激に反応して跳ねるだけ。



 これだけで充分
 俺の心はズタズタになっちまうんだけどね。


 勝手な話だよ。





 身体だけでいいって思ってたのに。


 いいわけないじゃん。





 勝手な話だよ。

 こんな自分が益々むかついて仕方ねぇんだけど、
 そんな俺でも、嬢ちゃんには―――












 続   →12.夜の音楽





あーあ、やっちゃった。(死)