もう要らない ぜんぶ要らない
 だけど何ひとつ 失う覚悟はできてなくて





         7.『 ナ イ フ 』





 他人に起こったことならば文字通り他人事でしかない。
 他人に起こった不幸や幸福で俺が鬱になったり躁になったりしたって当事者には何も及びやしない。そんな意味で何も変わらない。
 なのにこの情報化社会、大小遠近どんなものであれ恐ろしいほどのニュースが転がっていて、テレビで騒がれているものだったりすると一旦マスコミというフィルターを通り抜ける過程で何らかの方向への感情のベクトルが決められているから、大体良いものと悪いものに大別されたものをやはり良いだとか悪いだとかで認識することになる。

 どこぞのコンビニに深夜に強盗が押し入って店員が殺されたというのがここ数日一の番地元を騒がせた事件だった。
 ニュースで流された防犯カメラの映像。ひょろっとした頼りなさそうな男の店員が犯人にナイフを突きつけられている。身体を硬直させている店員の顔に向けて犯人は真っ直ぐナイフを突き刺す。離して、もう一回今度は腹を刺す。どこが優先か分からないが顔を抑える店員の首根っこをカウンタ越しに捕まえて無理やり引き摺って越えさせる。倒れ込んでカメラの視界から消える店員。カウンタに筆で刷けたような血の跡。犯人がレジの横にあったホット飲料のボックスから一本缶を取り出し、それを開けて自分の足元にゴボゴボと零す。犯人の足元で顔を押さえながら熱さに悶えくるしむ店員の姿が容易に想像出来た。そして犯人は一度疼くまり、数秒後立ち上がる。その手にはナイフを持っていない。
 防犯カメラの映像はそれで以上だ。その一連の映像と、犯人のその後の行動。レジから全ての金を取り出し、店長室の金庫までは壊せずに結局取り出せたのは15万ちょっと。そしてコンビニを出て、血のついた服のまま、その足で真っ直ぐ近隣の交番に入り込んで「魔が差しました、反省していマス」自首した。
 店員が防犯カメラの死角になった床で自らの左目を刺して、右目と腹部に深い刺し傷を負った状態で失血死しているのを発見されたのはそれから約30分後だった。店員は犯人にまず右目を刺され腹を刺され、カウンタを乗り越えさせられて床に伏されて熱いコーヒーを頭から掛けられ、そしてナイフを渡されてもう片方の目を刺せば命は助けてやると言われたらしい。そう言ってナイフを渡したと、事細かに犯人が供述したそうだ。
 そして注目の犯人は15歳の中学校中退のニートだった。3ヶ月振りに家から出て来た引き篭もりだそうだ。

 嫌でも目に、耳に入るこのニュースを知ってから俺の第一声は「吐き気がする」だった。割と普通な感想だと思う。むかつくのも犯人死ねと思うのも未成年だから大した罪にはならないとかいうのも本当全部が終わってると思った。思ったし一緒に帰る途中いつも隣を歩く友人にそう言った。
 するとあいつのそんな俺への感想は「きみは優しいね」だった。
 どうしてそうなるんだ。
 俺は犯人が死ねば良いと思う。そいつを殺してしまえば俺だって捕まることになるがその場にいて事件の一部始終を見ていればあまりに胸糞悪くなった勢いで店員からナイフを奪って犯人を刺すくらいするかもしれない。
 冷静な今ならば犯人に対する罰を俺が考えてやりたいくらいだ。まずそいつが持ってたナイフでそいつの指を切り落としてミキサーに掛けてそいつに水責めよろしく飲ませてからタンクローリーで綺麗にすり潰して水族館の鮫の餌にしてやればいい。
 でもその最後の工程に行く前に犯人は死んでるので苦痛を与えきってやることは出来ない。苦しんで苦しんで苦しみ抜かせてやることが出来ない。
「じゃあ、それだけの全ての工程を経るくらいの苦痛を耐え抜けば、きみは犯人を赦すことができるの?」
 涼しい顔で痛いところを突かれた。
 苦痛を与えられて罪が許されるのであればハムラビ法典が最高のバイブルになるだろう。
 気が済むとか許されるとか、考えてみると一体何なんだろうか。被害者の受けた苦しみはいつだって生きている奴の処分がどうとかで蔑ろにされる。
 殺された人間が気持ちよく成仏出来る方法であるべきなのか?世間の人間がこれならまぁ良いだろうと許せる程度の罰?これに懲りたら二度とそんな悪いことはしないだろうという学習?
「すり潰してミンチになった犯人を水族館の鮫にやってるとき、きみはどんな顔してるの?」
 面白がるような顔で隣のやつが言う。その声は俺を試して楽しむようなものではなく、俺の憤りとかすっかり五里霧中になった感情を推し測ろうとする賢さがあった。こいつは素で相手にそういう態度を示す。何にも感情移入しないが、何をも否定しない。
「そんなコトをするきみを、きみは嘆くんじゃない? 怒るとか何らかの意見を主張するとかでもなく、ただひたすら嘆くんじゃないかと思うな、きみなら」
 質問してきたくせに、俺が答えに詰まってるのを良いことにこいつは俺を自分のいいように解釈している。
 だが実際。鮫に犯人の目玉だとか指だとかを食わせながら俺は何を思うだろうか。怒りとか訴えたいような主張は思い浮かばない。哀しいとも違う。でも無表情にはいられない、だから嘆くのかもしれない。
 何を嘆くのかと言われれば、何をだろう。犯人の犯した罪か。それをこんな形で罰そうとし、実際に罰した自分か。自分を含めた「人間」か。犯人を含めた「人間」か。ニュースの話題はコンビニ業務中惨殺された店員・じゃない。中学校中退のニートが脅威の殺人事件を起こしたこと・だ。そんな存在にされてしまった店員の不幸か。彼を含む「人間」か。
 彼が深夜にコンビニでバイトなんかせざるをえなかったこの国の不況か。義務教育をなぜか中退してニートになってしまうことが出来る世間か。それを生んだ親か。コンビニをつくった奴か。ナイフをつくった奴か。こんな仕方の無いことをひたすら考え続けて生産性の無い俺か。俺は何を嘆くのだろう。言うなれば全てに嘆ける。

 俺は一気にそんなことを隣のやつにぶちまけた。そして全てが嫌すぎると締め括った。
 簡単に言ってしまった全て・にはどこからどこまでが含まれるのか。口にした俺ですら分からない。胸糞悪いニュースだとか、微笑ましい喜ばしいニュースだとか、こいつや友達と過ごしている日々だとか、そんなのも含む全てか。全てと言えばそうなるのか。色々考えたが俺は何も訂正しなかった。こいつは満足そうに笑った。

「やっぱり、きみは優しいよ」

 ぼくは殺されるならきみのような人間がいいな、とか付け加えられて俺は更にむかついた。
 ここに例のナイフがあればこいつの額に突き刺してぐりぐりやってやりたい。想像では出来るはずなのに想像出来るのはその「ナイフで刺す」という文字上の行為であって俺がこいつにそんなことをするという事実ではない。そんなことをしたらそいつが痛いからだとか、俺が捕まるとか、返り血が服に付いて気持ち悪いとかそんな理由じゃない。そんな意味で俺はひたすらに普通なんだ。こいつが言うようにそれが俺が優しいからなんて理由であってはいけないんだ。

 俺はナイフが欲しい。こいつに突き刺すためでもなく、犯人の目をくり抜いてやるためでもなく、林檎の皮を剥くためでもなく。
 ただ今の、ひたすらむかついた気持ちをこめて地面に叩き付けてやるために。








   終








10/10/28




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