2.『 支 配 』




 理想と思っていたか・思っているかは別の話として。
 私が築いてきた絆とは、およそ主人と奴隷のそれによく似ている。

 要は、一緒に居る相手を見下せないと 見下していないと気が済まないんだと思う。

 尊敬しあう関係? 結構。
 お互いを認めあう? 高めあう? 結構。

 精神的に相手を下に見ないと、なんかダメだった。
 何がダメなのかは分からない。
 相手が自分よりどこか優れたものがあると殴りたいくらいムシャクシャした。
 自分と相手のレベル、客観的な評価はどうでも良い。
 ただ私が、相手より私の方がウエであると感じて安心出来ればそれで良い。
 なかなかに危ない精神だ。
 でも私的には、相手が私より能力があってウエだと感じると居ても立っても居られないわけだから、
 言ってみればそんな状況の方がよっぽど危ない。


「ね、帰る準備できた?」

 かと言って、私があからさまにそんな態度をとることは無い。
 言葉だって、つとめて柔らかい空気を纏うように注意を払う。
 乱暴なくらいの理不尽な絆の押し付けは、あくまで私の精神の中での話。
 アンタは私よりシタなのよ・なんて真っ向から言う人間は居ないでしょう普通。
 だから私は彼女に接するときは至って普通 だと思う。
 『だと思う』なのは だってこんな烈しい感情が態度に滲み出ないなんてありえない。


「帰る準備できた?」
 私の顔を見て相変わらずボンヤリしてる彼女に、私はもう一度言った。
「…うん」
「じゃ帰ろっか」
「…うん…」
 リズムの悪さに苛立つこともしばしばある。
 でもそんなのカケラも見せたりしない。
 さっきも言った通り、滲み出ないなんてことはないと思うけど。


「ね、土日の予定はどうなってるの?」
「…えっと……土曜日が一日中お家にいて、」
「一日中?」
「うん…テレビ観てると思う」
「何のテレビ?」
「いろいろ…」
 私が観ていないテレビ番組を、彼女が観たというのも気に食わない。
 私が知らないネタを彼女が面白そうに持ち掛けてくるときなんか、本当に最悪だ。
 私が先。 私の方が先で、私の方が深い。 アンタより。
 私の精神の充足はそんなコトにあるのか。
 自分でも嘆息ものでも、どうしようもない。
 明日の土曜日はとりあえず彼女が観そうな番組を全部チェックしよう・と頭に刻む。
「日曜は?」
「えぇと…本屋さんに」
「本屋?一人で?」
「…うん」
「あたしも行って良い?」
「え?」
「だから、あたしも本屋さんについて行って良い?って言ったの」
「あ…うん…いいよ」
 私の言葉を飲み込むのに本気でそんなに時間が掛かるの・と問い詰めてみたくなるときが多々ある。
 彼女の遠慮がちな頷きを見て、私も満足そうに頷いた。
 こういったケースで彼女が断らないことを知っている。
 …厳密に言えば、断る彼女を見たことがない・というだけだけれど。

 本屋には興味が無かった。
 ただ、一人で本屋に行くと言った彼女が、実際は別の人間と行くとしたら?
 一人で行ったとしても、途中偶然でも誰かと合流したら?

 はっきり言って彼女に会いたいわけじゃない。
 彼女を他の誰かの元に置いておきたくないだけだ。



 そんな自分が死ぬほど嫌いだった。
 何より面倒臭い。
 でもどっちかと言えば、自分が嫌いというよりは
 そんな面倒臭い思いを抱かせる彼女の方が嫌いだ。



「それじゃ、また明後日ね」
「…うん、またね」

 いちいちテンポの悪い彼女の声にいつも気分がざら付く。
 常に私の言い成りである彼女に苛付く。
 それでもどこか満足気な彼女に違和感が湧く。


 私以外に友達がいないくせに。
 私しかいないくせに。

 私は馬鹿じゃない。
 だからこんな風に心の中で暴言を吐くと、自問も始まる。

 なら私には、誰がいる?




 "そういえば、もう何ヶ月"

 "彼女と家族以外の人達と話していないんだろう"




 彼女に必要以上に、病的に固執する私に。
 私に必要以上に、病的に固執される彼女は、いつもどこか満足気で。






 完成するまでに気付いていたか、
 それを望んでいるのか
 これからもそう在り続けるのかは解らないけれど。


 私が彼女との間に築いた絆というのは、およそ主人と奴隷のそれと似ている。








   終








06/11/14


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