傷つけられない
 それは多分 受け入れて欲しいから

 傷つけてくれない
 それはきっと 激情の対象じゃないから




Crimson Kaleidoscope





 細いスポットの当たる暗い小さな部屋。
 自分達にとって世界の全てとも、外の世界へのターミナルに過ぎないとも言える場所。

 そこで三人目が自分に向けた、その瞳に宿る色。
 とまどいと、同情と、そして。
 三人目が持つ、周りの環境や人間達によってつくり上げてきた感情。
 恐らくその大部分を占めるものが、優しさ。

 そしてこの暗い部屋で真実を知ったときも、そんな目をしていた。

(俺にもあの目を向けてた)

 憎しみではなく。





 三人目がいかにこの"先生"を慕っているか、慕っていたか、慕っていくのか。
 恐らく一番知っているのは自分だ。
 その三人目が彼を初めて疑った日。 あのとき彼に向けた目。 激しい憎悪を宿した瞳。
 三人目の支配するこの身体が震えるほどの憎しみに駆られ、この手で彼に掴み掛かった。
 そうしながら何と言って詰っていただろう。 言葉を思い出そうとするが思い出せない。
 ただ怒りと憎しみと悲痛で喉が痛んだと言っていた。 聞いたわけではないけれどそう思っていた気がする。

 ぎゅ、と自分の拳を握り、開いてみる。
 力の象徴。
 かつての自分にとって憎しみとは、あの感情は常にあるもので。
 "自分達"に分かたれてしまったがために心や身体と言った下らない単位になってしまった自己は憎しみと、他人に掴みかかるあの衝動だけで存在していた。



 三人目は自分と同じ場所に在り、自分の支配するものであり、そして自分を受け入れたのだから自分のものなのだと。
 そういうことなのか、少し考えてみた。

 そして考えた果てに、やはり三人目は自分のものだという結論が下り、それを"彼"に言ってみた。 それを伝えることは面白いことだという気がしたから。
 三人目の慕う彼、"先生"は常に三人目を受け入れて来た。
 しかし最終的に三人目が受け入れるのは自分なのだと。 言いながら口元に笑みを浮かべる自分を、彼ははじめきょとんした目で眺めていたが、やがてゆっくりと涼しげに瞳を細めて口を開いた。

 三人目を落ち着かせ、そして自分の感情をざらつかせる声。
 自分達を裏切ったのだと勘違いした三人目に掴み掛かられたときのことを。 彼は涼しい声で語った。

「優しさや同情や…半端な怒りなら、フェイはこれまでに誰にでも向けたことがあるんですけどね」

 やはりそれを印象として残していた。 忌々しくも。
 あんなに激しい憎悪の込められた目を自分だけに向けられたことが、尚も嬉しかったのだと。
 彼はそう言いたいのか。 言いたいのだろう。
 首の裏筋がちりちりとする。 嫌悪とも嫉妬ともつかない、或いはそのどれもがない混ぜになったようなまだらの感情。
 それが紅く燃えて行く。
「貴方は見ていたでしょう? フェイが私に、今まで誰にも向けたことの無い感情を持ってくれたのを」
「………」

(ああ、見ていたよ)

(俺には決して向けないだろう感情を、あんたに向けるのを)

 彼に掴み掛かった三人目の烈しい感情を思い出してみる。
 そして臆病者の部屋で真実を知ったとき、自分達に向けた三人目の穏やかな瞳を。
 明らかに違う。
 そしてその違いは、全てを欲する自分には許しがたいほどのものなのに。

(…でも俺は、多分あいつに俺を憎めと言えない)

 忌々しい。
 憎めと言った所で自分を憎むことなど出来やしない三人目が。
 しかし自分でさえ三人目を、かつて世界に向けていた、全てをこの身ごと焼き尽くすほどの憎悪を多分向けられはしない。
(なんで)
 自分の支配下から三人目を奪おうとする彼に対してですら、憎しみが湧いて来ない。

 押し黙っていると、「どうしてそんな怖い顔してるんですか」彼が肩を竦めた。
「私のこと、気に入っていると言ってくれてたじゃないですか」
 ふっと彼が目を細める。益々気分がざらついた。
 そう、彼を気に入っていると。 自分は確かにそう言った。
 それは嘘じゃない。 今ですらも。

(……でも)

 物事が一つに収束しない。
 優先順位など意識しなくて良かったのがかつての自分の世界だった。
 必要かどうか考えることもなく、ただ憎しみに身を絡めていれば良かった。
 三人目が自分を受け入れてから全てが変わってしまった。

 そう、三人目から憎しみを浴びた彼を嫉妬したとしても詮無い。
 彼を慕い、そして彼から受け入れられている三人目を嫉妬したとしても詮無い。

(今の俺には何も無いのか、―――憎しみすら)


「忌々しい」
 舌打ちし、目を閉じて意識を糸のように細くする。
 部屋に閉じ篭った途端に辺りが暗くなった。
 急にスポットを譲られ、意識の弱いままの三人目の支配となった身体がすぐに前のめりになったが床に倒れ伏す気配など無い。
 彼によって抱き止められることは解り切っていた。

 それでも憎しみは湧いて来なかった。












end.




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ソラリス編からずーーっと書こうと思ってたシタフェイネタ。
先生視点で書くつもりだったんだけど、ネタをあっためてる間にフェイド萌え勃発したためこんなになってしまった(笑)

とにかく静かな話と言うか感情と言葉だけが飛び交っている話にしたかったのでひたすら情景描写カット。
読む人の想像力に頼り切ったSSになりましたスミマセン丸投げは得意技です(…)

先生もイドもおめー誰だ状態ですが妄想捏造万歳でいいやって突き通しました楽しかったですありがとう\(^o^)/
シタフェイ←イド三角関係?三角関係っていうかイドがフェイも好きだし先生もそれなりに好きだから両方に嫉妬してモヤモヤしてるみたいな感じです。遅めの思春期と思ってください(…)

愛しのもんプチに捧げます!ハッピーバースデー!!
全然誕生を祝うものじゃないんだけどご愛嬌(笑) つーか本当に雑食じゃないと楽しめない話でゴメソ^^^^

 10.01.22




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