言うなれば、聖域。
 ここにいれば、息が吐ける。
 瞬く前と後で景色は変わることなく、
 常に同じ風が流れ、同じ色の光が零れ、
 花びらの色が違う花、
 しかし確かな花が
 いつも咲く場所。
















  + 白日 +
















「私はあんただけは疑いたくなかった。
 いや、あんたを疑うなんて選択が、始めから私の中に無かったんだろう…」

 白く濁る空の下で、活気の無い、ただ静かな公園にブランコのキィ、という耳障りな金属音が響いた。
 冷たい空気の中、息を吸えばそれは無意識のことであっても 喉を伝って肺に冷気が流れ込み、気分を更に鬱蒼とさせる。

 すべてが終わった後。
 何が始まり、どんな流れを超え どんなものをもたらしたのかは分からないが、少なくとも終わったことだけは確かで。
 その間の時間は自分にとって長かったのか短かったのか、瀬川が考える度に自分の存在が判らなくなり、意識が朦朧とする思いだった。


 良かった、などという言葉で括れるような事件では決して無かった。
 それが人々から奪ったものはあまりにも大きく、残したものは果ての無いような悲しみと空虚さだけだったから。
 それでも、振り返ってみるならば 自分が持っていた仮説、その事件が三橋による完全犯罪であったというものが外れていたこと、それには落ち込まずに済んだ。

 無条件で疑いなく、もっと言えば信じてしまう存在が自分の中に在るということだけで、瀬川には大いに驚くべきことだった。


 ここは大丈夫、という安全地帯とでも言うのか。
 言うなれば、聖域。
 ここは大丈夫、あるいは
 ここだけは大丈夫であってくれ、という願いのこもった。


 この地には誰も踏み込めない。
 その主ならば常に変わらぬ笑顔で、そこに迎え入れてくれるだろうに。
 近付けないのだ。


 あの綺麗な空間に、自分というあまりにも汚れた身は場違いに思う。
 それに今回の件で、自分は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。
 横で静かな笑みを湛え、小さな幸せの詰まった思い出話をしている男性の愛する少女を、自分が奪ったも同然なのだから。


 あんなにも慈しみ、いとおしんでいた。
 ほんの数日の間でも、痛いほどに、或いは微笑ましいほどにそれが分かった。
 彼女と一緒になるために犯罪をでっち上げたという、彼の自分を真実から退けるための逸話まで容易く納得してしまえたほどだから。

 それ故に、自分のしたことは





「三橋さん、私を恨んではいないのか」



 三橋が驚いたような顔でこちらを見ているのを見て、はっとする。
 瀬川はそれで初めて自分がその言葉を実際口にしてしまったことに気付いたのだ。
 なんてくだらない、あまりにもくだらないことを口走ってしまったのか。

「すまない、下らないことを」
 過ぎたことだと知りつつも、つい口を手で押さえながら横に頭を振る。
「俺がおまえに感謝こそすれ、どうして恨むなんて…」
「すまない、」
 どこか心配するような顔で繰り出される三橋の言葉を早口で遮る。
 それは謝罪の言葉でありながら、そんな意味などまったく含んではいないかのように冷たく、そして有無を言わさない様子で響いた。






 仕方のないことだ。


 恨んでいる、恨んでいない、  感謝している、



 仕方のないことなのだ。





 考えたところで。 問うたところで。

 彼がどんな顔で、どんな言葉を返してくるかは分かり切っている。
 つまり その真意を読み取ることはできない。
 想定することしかできないのだ。 恨んでいないはずがない と。


「……すまない」
 もう一度呟くように言い、小さく嘆息して視線を下にする。
 ブランコに座っている瀬川に、三橋が視線を合わすように腰を屈めた。

「―――…なんでも背負いこむな、瀬川。
 誰もそんなこと望んでない」


 そうして笑う。
 疑いようのない笑顔。 言葉。


 でもごめん。


 その真意は読めない。



 誰も望んでなくとも、
 暗闇でもがくこの私に 静かな視線を送るくらい
 そうしていつしか目を離すことくらい
 何でもないから。




 そう、
 いつか    あんたも








「俺にはおまえの苦労は背負えないし、心の傷を治してやることもできない。
 だが瀬川、俺は常に、おまえのために何かできたらって …考えてるよ」







 その視界の隅にすら 私が映れないほどの場所へ
 行ってしまっても
 私が取残されても


 はじめから 違う世界にいるんだから、
 違う場所を、生きているんだから


 何でもないから、
 だからこれ以上、―――







 耳を塞ぎたかったけれど。
 耳に甘いと分かっている言葉は聞きたくなかったけれど、

 声が聞きたかった。










 顔を上げ三橋と目を合わす。
 決まりの悪そうに笑う三橋に、瀬川は一体自分が今どんな顔をしているのか気になった。




「おまえが楽になれるように、 おまえがほんの少しでも足を止めて落ち着きたいような場所に辿り着けるように、祈ってるよ」



 誰でもない。

 おまえに 祈るよ。





 縛りつけているのは自分自身だと、
 それを解き放つことができるのも自分自身だと、

 けれどそうするには他の誰かの願いや祈りや、包み込むような光が必要だと
 わかってるから。













「三橋さん、私はあんたを信じてるんだ」

「?ありがとう…」


 無表情で述べられた瀬川の言葉に、三橋がぽかんと不思議そうな顔をする。


 その顔を見て、少しだけ瀬川の顔が和らぐ。
 もう一度口の中だけで呟く。 「信じている」



 その言葉は、その心から真っ直ぐに涌き出るものだと。
 その笑顔は、その心から真っ直ぐに発せられるものだと。





 信じているから。
 だから だから、



 あのときのような、足元の地面が崩れ落ちるような感覚は二度と味わいたくないから。


 もし騙しているのなら、一生暴かれることのないよう永遠に騙して欲しい。
 そしてできるなら、



 その言葉、その表情をそのままに信じるから
 そうさせていて欲しい。 ずっと。













 息を吸えば、白く濁った空気が肺に流れ込む。
 その所為か



 喉の奥が焼けるように熱かった。



















  終





++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

名探偵に薔薇を、惚れちゃったよもう。
瀬川さん大好きすぎ。三橋さんも鈴花ちゃんも大好きですが。
突発に書きたくなって書いてしまったのですが、カプじゃないのでヨロスィク。
なんかキャラが高さ的に神々しくて書いてるだけで恐れ多く感じてしまってヒィ!です。
イメージ崩してしまったお方、すみませ…(今あやまるか)


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