わたしには それ以外の色は 必要ない











          紅と蜻蛉












「鳴海さん、トンボがいっぱい飛んでますよ〜」
「見りゃわかる」

 河原を舞うトンボの群れに、ひよのが楽しそうにはしゃいでいる。
 後ろから数テンポ遅れた足取りで歩が追う。



 夏が終わり、少しずつ 空が暮れる時間が早くなってきた。
 肌寒さも感じるし、夜になれば鈴虫の声だって聞こえてくる。


「もうすっかり秋ですねぇ〜」


 辺りにはちらほらとしか人の影が見当たらず、
 オレンジと赤の混ざり合った日の光が全てを包むように差していて。
 澄んだ空気に、時折ガタンガタンと電車の過ぎ行く音が交ざる。

 歩は空に向けてゆっくりと息を吐き出した。
「……」
 悪くない空間だ。


「あ、鳴海さん」
「あ?」
 嬉しそうに呼び掛ける声に視線を戻せば、
 ひよのが足下の草原に前かがみになって手招きしている。

「どうした」
「トンボですよ、トンボ!こんな近くに…」
 ひよのの指差す先数十センチのところに、一匹のトンボが止まっている。
 羽を休めたまま、少しも動く様子がない。

「トンボさんを捕まえるには、確か目の前で指をくるくる〜っと…あっ」
 ひよのの言葉を待たず、歩はトンボの背後からすっと手を伸ばし、すばやくその胴体を掴んだ。
 一瞬羽を震わせたトンボだったが、すぐに大人しくなる。
 そんな様子を見て、ひよのがほう、と嘆息した。
「魔法みたいですねぇ、鳴海さん」
「何の魔法だよ」
 小さく笑うと、捕まえた紅トンボを指先に止まらせる。
 しばらくすると、トンボは飛んで行ってしまった。

「綺麗ですね〜」

 上空を群れで飛び交うトンボを眺めながら、ひよのが独り言のように呟く。
「確か、他にも捕まえ方ありましたっけ?」
「あぁ、飛んでるトンボの下で人差し指立てて待ってるってやつか」
 歩の言葉を聞いて、ひよのは楽しげに目を丸くし、すぐに人差し指を頭上に真っ直ぐ伸ばした。

「……」
「……あ」

 数秒して、すぐに一匹のトンボがスィと飛んできて、ひよのの伸ばした指先に止まった。
「……」
「……」
 無言で、「どうだ!」と言わんばかりの得意げな顔でひよのが見ている。
 歩は苦笑しながら、
「あんたのほうが よっぽど魔法みたいだな」
 と呟いた。
 半分以上、本心だった。


 魔法みたいだ。

 出会えたことから始まって、
 彼女がいつも自分のそばにいること。
 いつも自分を信じてくれること。
 その行動力や能力。

 存在自体、が。

 魔法みたいで。
 会った瞬間から、本当は存在しない何かで、魔法をかけられたみたいに。

 「不思議」としか 言いようのない存在。



 言いたいことはいくつもあった。



 何でいつも笑ってる?
 何でいつも傍にいる?
 何でいつも手伝ってくれる?

 なんで、俺なんだ?




 それでも、何も言えずにいた。
 何かを問うてしまい、それが明かされた瞬間、


 魔法が 解けるかもしれない。




「………ぶっ」
「!?」

 急に噴出した歩に、ひよのがぎょっとした目を向ける。

 魔法だとか、それが解けてしまう不安だとか。
 あまりに自分の考えがロマンチックなものだったので、自分で笑ってしまった。

 肩を震わせて笑う歩を、ひよのが怪訝そうに伺う。
「鳴海さん…その年で思い出し笑いですか……?」
「…いや…別に……」

 気を引き締めるようにぶんぶんと頭を振ると、不意にばち、とひよのと目が合った。
 モロにぶつかった視線を無理やり外すと、ひよのがおかしそうに笑う。
「あっ…」
 その瞬間、驚いたのかトンボがひよのの指先を離れて飛び去ってしまった。
「あ〜あ…鳴海さんのせいですよっ」
「何でだよ」
「鳴海さんが笑わせるからです」
「あんたはいつも笑ってるだろ」
「鳴海さんが笑わせるからです」
「じゃあ良かったんじゃないのか」
「その通りですよ?」
「…………」

 続ける言葉を失った歩に、またひよのが楽しそうに笑った。

 完全に遊ばれていることに気付いてか、不貞腐れたように背を向けて歩き出す歩に
 ひよのが思いついたように言った。

「あ、ねぇ鳴海さん。 紅トンボがあんな綺麗な色なのはどうしてだと思います?」
「…さぁな」
 また唐突に突拍子もない話題を持ち出してくる。
 そう思い、ちょっとだけ考えたふりをして、歩は首を振った。

「今ふと思ったんですが、もし人や物に色をつけるのが神様の役目だとするじゃないですか。
 そしたら、あんな綺麗な紅色を塗ってあげたってことは、
 神様はトンボさんが大好きなんですね〜・と 思ったわけです」

「………」
「だからこれも思ったんですが、鳴海さんもきっと 神様に好かれてるんですよ〜」
「…はぁ!?」
 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
 顔をしかめてばっと振り返った歩に驚いたのか、ひよのは一瞬たじろいだが、すぐに笑って言った。

「鳴海さんもすっごく綺麗な色をしてますよ」

「…………」




 何をバカなことを、と思ったのは本心だった。
 それでも顔が、胸があつくなった。


 これは 魔法だ。







 もし、本当に 神様なんてものが万物に色を与えたのならば。

 『神様は全ての色をあんた一人につぎ込んだんだろうな』

 そう思ったのも、本心だった。



 だって、 それ以外…

 遠くに沈む夕日だとか、空を舞う紅トンボの群れだとか、



 全てが色褪せて見えるのだから。












 これはきっと魔法で、

 そしてきっと  まだ、解けていない。












   終








3周年企画でいただいたお題、「紅と蜻蛉」でした〜!
色っていうものは本当に感慨深いです。
さかなさんが漫画に描いてらしたお話も本当大好きなんですが(愛)

私の書く螺旋キャラは「絶対神」みたいな意味じゃないけど「神様」を持ち出すのが大好きみたいですね(笑
はじめ考えていたものと全く違う話になりました…!
はじめは螺旋漫画、次にカノひよ文、そして次に痛々しい鳴ひよ文、そしてそれが今に至ったと。
シリアス〜なものにしようかなとも思ったんですが、なんか恥ずかしくなってくるような友情っぽいものをと。
書いててすごい楽しかったです(*´∇`*)

素敵なお題ありがとうございました〜!


BGM:「永遠に/ゴスペラーズ」


05/11/30


*閉じる*