君がいてはじめて 考え出してしまったこと












             生きていることについて















『存在理由』


 その四文字は憂鬱も 混沌さえも引き連れて来る。




 生きている理由?
 生まれてしまったからだろ。

 生きる目的?
 そんなの なくたって生きていける。

 何の為生きている?
 考えたことない。

 果たして俺は生きてるか?
 生きてるさ。 脈はあるし息もしてるし脳も正常だ。

 当たり前のことを聞くな、と言いたいが



 ならなんでこんな言葉があるんだろう。
 なんで こんな疑問が湧いてくるんだろう。









 人間は脆弱な生物だから 誰か頼らないと生きていけない。
 だから自分一人で生きているとは思ってない。

 でも独りだ。

 理由なんてない。
 目的なんてない。
 目標なんてない。
 証明なんて必要ない
 この存在が証明だ。


 何も考えてないわけじゃないけど。
 嬉しいことだって そりゃあ少ないがちゃんとあるし、
 幸せだって胸の中にあるつもりだ。




 でも理由を尋ねられたりしたら答えられない。

 当たり前だ。
 望んで生を受けたわけじゃない。
 ならこの生に理由を問われたって困る。
 そもそもこれに理由や目的なんてものを問う自体間違ってる。


 あ、でも生き続けているのは俺の意思かもしれない。


 なら 聞かれたって筋違いではない。




『何で生きてる?』








 あぁ、誰もそんなこと聞かないでくれよ。


 答えられやしないから。


 面倒くさい。


 あぁ、 何も考えないで来たかもしれない。
 時間に流されてきた。

 16年の時間が流れてきたから、
 16年生きてきたことになってる


 それだけなのかもしれない。



 相変わらず俺って駄目な奴だな、なんて思いながらも

 アイツならどう答えるか、


 そんなことがふと気になった。





 そんなの知ったところで何も変わりやしないのに。



























「アインシュタインさんは、
 ボールを体育館の端から端まで蹴り飛ばす力もなかったそうです」










 いつもと同じ昼休み、
 いつもと同じく新聞部室で弁当を二つ広げて。

 向き合って座って弁当を突いていたら、突然こんなことを言い出した。









「ふーん…」


 俺の生返事にもお構いなく(それもいつものことだが)、
 向かいに座る女は目をきらきらさせて胸を張って続けた。




「でも彼は宇宙の在り方を変えたんですよ。
 凄くないですか! 凄いですよね!!」







 あぁ、確かナントカって奴の格言だ。
 突然前触れもなく、突拍子もないことを言ってくるのはいつものことだが、
 今日も例に漏れないようだ。




「歴史上の人物ってのはそんなもんだろ」

「!まぁたそういう…あってるのになぜか間違っているような気がしてくる回答を…」

「なんだそれは。
 それだけのことをしたから、歴史に名を残したんだろ」



「いいえ、大事なのは彼が歴史に名を残したことじゃありません!

 彼のしたことが私の心の中に残っていることです」



「…………」




 したことが、心の中に、残っている





 あぁ、あんたはいつも 違ってるのに
 どうしてか正しいような気がしてくることを言う。











「鳴海さんもそうですよ。
 鳴海さんが何かをすることで、私の心の中に残って、
 それで世界が変わるんです」

「何の世界だよ…」

「私の世界です」



 また。
 胸を張って自身満々に、
 これが世界の条理です! と言わんばかりに恥ずかしいことを真剣に言う。








 そんなに胸を張って
 真っ直ぐに前を見て
 自分の頭の中の思いを

 言葉に出せるなんて


 こいつには 何かとてつもない

 確信、

 があるんだろう。



 俺には絶対にわかれない、何かの 確信を。












 空になった弁当箱の蓋を閉めると、あいつは紅茶を淹れにと席を立った。


「アインシュタインさんに限らず…歴史上の人物、
 何か功績を残した方々っていうのは…生涯をそれに懸けて、
 またそれが認められるのが死んでからずっと後 っていうのが多いですよねー」

 なんだか切なくなりますね。



 食器棚からカップと茶缶を取り出しながら、独り言のように言う。




「まぁな。 世界の常識を覆そうってんだから、迫害を受けるのも多かっただろうし…
 なんでそこまでするのか 俺には理解できないけどな」

「ふふ。 でも、その人たちに『どうしてそんなことをしてるんですかー』というのは、
 たぶん… 私や鳴海さんが、『どうして生きてるんですかー』とかって言われることと…
 同じなのかもしれないですね」

「生きている理由なんて、俺は訊かれたって分からない」

 そう答えると、あいつはふふ、と笑って 鳴海さんらしいですねぇと言った。
 そのちょっと優越のあるような笑いにむっと来て、


「だったらあんたは何で生きてるんだ」


 と訊いてみた。
 一番尋ねたい相手に、
 一番尋ねてみたいこと。



 あんたは?

 何で生きてる?
 何の目的で?
 どんな理由で?



 生まれてきたから生きているんじゃないのか?
 とりあえず時間が流れてきたから今まで生きてきたってことじゃないのか?


 ただその心臓が全身に血を送って
 この身体が呼吸を繰り返すから


 それで生きているって



 そうじゃないのか?






 俺の質問を受けて、あいつはしばらく何も言わずに、
 でも相変わらず自信に満ちた(でも穏やかな)表情でカップに茶を注いだ。
 それをトレーに載せ、机に運んでくる。


「うーん、それは…

 『どうして私が鳴海さんを好きなんでしょー?』

 っていうのと同じ質問ですね」




 そう言って椅子に座りながら、少し照れたように顔を赤くして笑った・



 また とんでもないことを言われた。
 人が考えごとをしているときを狙って 動揺を誘うようなことを言ってくるのが、
 こいつの手口かもしれない。


「…………意味が分からない」



 俺は精一杯の普通の顔をしてそう答える。
 するとあいつはカップの紅茶を一口飲んだ後、真っ直ぐに俺の目を見据えた。
 口元が穏やかに笑っている。






「理由なんかいらない、ってことですよ」







 ほら、また。
 あの 何かの確信に満ちた顔でそんなことを言った。

 違うかもしれないのに 正しいのかもしれない、
 そう考えてしまうような こいつの無茶苦茶な理論。




 あぁ、でも これが
 この幸せとも呼べそうな空気が


 俺の生きる目的に
 値するものじゃないか、

 そう思ってもいいんじゃないか、

 なんて 思ってしまうほどの。








 そう、

 いつだって
 俺の中の疑問を まるでそれが当たり前であるかのように

 答えを被せてしまうんだ。


 いつだって。












 それが俺にとって

 泣きたいくらい心地よくて でも

 泣きたいくらい自分が情けなくなるなんて









 たぶんあんたは知らないだろう。












   終








久々の鳴ひよ。完全オリジナル入ってるような気がしますがご愛嬌。(…)
「あなたが私の生きる理由です」よりは考える余地が多いのでこういう言い回しの方が好きです。
てか鳴ひよ、私が書くの甘いのが多いですが; ただ甘いのよりは色々と弟君がどこか距離を置いてるのが好きというか…うーん距離感って難しい!

3周年企画でいただいたお題「生きていることについて」(螺旋文)でした〜。
人生論よりはサクッとそのまんまにしようとしたんですが変な風にズレが発生しちゃったかも☆(オイ)
素敵なお題ありがとうございました〜(*´∇`*)

BGM『光あれ』BY:坂本真綾


05/08/12


*閉じる*