もの分かりがいいようで、実は物凄く頑固でワガママ。
 まったく素直じゃないようでいて、実は時に羨ましくなるほどに素直で。










           幸せって何ですか?












 息を吐けば、すぐさまそれが白く昇っていく、きいんと冷える日。
 もう陽が暮れて、辺りには静かに灯が点されていくような時間。


『今。 公園にいる』


 たったそれだけの呼び出しの言葉。
 それでもすぐにコートを掴んで家を飛び出した私もどうかしているけど。


 今日は彼が学校に来ていなかった。
 風邪だったのか、理由は定かではないけれど
 遅刻、欠課、早退の常習犯でもある彼だが、欠席というのはなかなか珍しい。


「鳴海さん? どうしたんですか? 公園ってどこの…」
『灯りの下。 寒い早く来い』
「ちょ」
 有無も言わさない様子で一方的に切られる。

「……」
 分かってはいたけど本当に横柄だ。
 まぁ、それは彼が心を許す数少ない人間に対してだけだと分かっているからいいけど。




 心が通い合う、というのはどういうことを言うんだろうか。

 言葉や態度では確かめようがないほど深くの、心の絆はどうやって見ればいいんだろうか。
 そんなものを望むこと自体が強欲で、浅ましいことなのかもしれないけど。


 いつも隣にいて。
 肩を並べて。
 背中を合わせて。
 言葉を交わして。
 目を閉じても感じるほどで。

 こんなに幸せだけど。
 相手がどれほど幸せなのか分からなければ
 こちらが幸せであればあるほど 不安は募るものでしょう。

 ねぇ、鳴海さん。


 私と一緒に居て
 一度も笑ったことがない あなたに言ってんですよ。





『遅い。 今どこなんだ』
「それはこっちの台詞ですよ! 鳴海さん今どこなんですか」
『丘。景色がよく見える』
「はぁ?」
『寒い、…』
「ちょっと」
 さっきから突っ込む隙を与えられないが、あちらの声は相当掠れている。
 風邪で喉をやられているんだろう。

 こんなときに何してんですか。
 何させてんですか。

 何がしたいんですか。


『早く来い』
「どうしたんですか鳴海さんっ」
 何したいんですか、と続けようとして。
 言葉は喉の奥で消えた。



『会いたい』



「……は、」
 言葉がただの息になって白く空に昇る。
 何言ったんですかこの人。
 そりゃあこんな時間に呼び出したくらいなんだから会いたくて呼び出したんでしょうが。
 そりゃあ風邪をおしてまで外に出て私を呼ぶくらいなんだから会いたいんでしょうが。

 何も言い返せないうちにブツ、と通話を切られる。
 彼がどこにいるのか見当がついたわけでもないのに、何かに急き立てられるように走り出す。
 いったい丘ってどこですか。
 それでもとりあえず足は上り坂を懸命に上って行く。

 私は一体何してんでしょうか。

 たった一日。
 たった一日会ってないだけ。顔見てないだけ。言葉を交わしてないだけ。
 それだけなのに。
 相手は風邪を引いてるんだから。
 早く家に入って寝なさい、とでも言えばいいだけなのに。
 早く回復してもらって明日学校で会えばいいだけなのに。


 どうしてこんな、息切らしてまでどこかも分からない場所に向かって走ってるんだか。


 理由は分かってるけど。
 彼ほど簡単には言えないもので。



 たった一日会えなかった。
 たった一日顔を見てない。
 たった一日声を聴いてない。

 そして、横柄だけど
 彼から下ったお呼び出しと、信じられない言葉。


 まぁ、こりゃあ、
 走らないわけにはいかないでしょう。




 いいかげん自分の吐息がうるさくなってきたころ。
 あんなに寒かったのにすっかり暑いほどで。
 頬に手をやるとひんやりと冷たくて気持ち良い。

「一体…どこに、いるんでしょうかねー あのひとは…」
 肩で息をしながらそう呟いたところで、ポケットから着信音が響いた。

「…なるみさん?」
『あんた足遅いな』
「…へ?」
『よく見える。 こっから』
「…鳴海さん、今・・」
『その坂昇り切った所だよ。 早く来い』

 最後は笑いを帯びたような声になっていて。
 でも相変わらずに電話は一方的に切られる。
 こちらから掛け返さないのはなんだか悔しいからだ。
 十分遊ばれてるような気はするけど。




「…………」
 携帯に目をやると、時間は既に8時を過ぎていて。
「よ、ごくろーさん」
 はぁはぁと切れた息がうるさい私に、向こうは何食わぬ顔で声を掛けてきた。
「まったく…、一体、何、考えてるんですかっ」
 背筋をぴっと伸ばして睨むように見やると、彼は相当な厚着をしている。
 やはり病態なんだろう。 顔色も良いとは言えない。
「いつからそこにいたんですか」
「んー」
 曖昧に首を傾げただけで、その問いの答えは返ってこなかった。

「じゃあ、どうして風邪も辛いのにこんなところで無茶してるんですか」
「質問が多いやつだな…」
 彼は眉間に皺を寄せ、うるさそうに身震いした後、何でもないように言った。
「今日会ってなかったから…」
「…」
「寂しかった」
「……………………」

 なんですか、この人。

 その素直さ、私にカケラでもくださいよ。


「じゃあ、なんでわざわざこんなとこに…」
「こっから景色綺麗だろ」
「な…」
 目だけで促されると、そこは街の夜景が見渡せる場所で。
 さっきは気付かなかったけど、相当高台を上って来たらしい。
 星を散りばめたような壮観にため息が出た。
「は…鳴海さん、もしかしてコレを私と見るために…?」
 恐る恐る尋ねると、彼は何も言わずにただにやりとした笑いを浮かべた。

 本当何考えてるんですかこの人は。
 全然通じない。
 この人が何を考えているのか。
 何を感じているのか。

 言葉を交わす上で、どこらへんが繋がってるんですか?
 私は何を持って、あなたの感じているものを1ミリでも確信つきで覗けばいいですか?


「…わたし、も」

 その素直さ、ほんの少しでも私に分けてくださいよ、鳴海さん。


「私も、会いたかった です」



 横に並んで景色を見ながら、目を合わせずに言うと。
 彼はこて、と肩に頭を乗せてきた。
「…っ」
 急に重みが加わり身体がぐらつくのを、慌てて足に力を入れて踏ん張る。

「もう一回」
「え?」
「も一回言え」
「言え って」
 苦笑が洩れる。 どこまで俺様ですかこの人は。

「会いたかったです」
「ふふ」
「…!?鳴海さんなんか気持ち悪いですよ」
「別に。 普通だ」
「……」
「ふふふ」
「…ふふ、」


 私の幸せって。
 あなたの幸せって。




 あぁ、たぶん こういうことですか。








   終








あっはっはっはっは(乾笑)

3周年企画でいただいたお題は「幸せって何ですか?」(螺旋小説)でしたー。
暗いの書こうかなって気もしたんですが最近ハピーエンドで素敵なものが書けたらなぁとか思ってて
(ってただ甘いだけという気も…(滝汗))普段恋人未満ばかりなんですが(それが好きってのもあるけど)
今回は既に恋人な感じで。 その場合弟ってかなり強気になってそうだなというか だといいなというか。

もみー別人過ぎてすみませ…ほら、彼熱があるから…(痛)
ひよのさんの一人称ほど難しいもんはないです。
一番私自身と遠いからだろう…

素敵なお題ありがとうございました!本人すっごい楽しんで書かせていただきましたm(_ _)m


BGM「2gether 4ever」 BY:Shinhwa


05/01/30


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