きっと今は、、










          も飛べるはず











 自由になりたい、それが口癖だった。
 言ったこともないのに口癖だった。


 どんなものが自由かも分からず、ただ不自由だった。





 授業にも出ず(そんな気分だったから) 昼寝でもしていようと屋上に向かったら、先客がいた。
 先客がというよりも、アイツが、居た。


「あら、鳴海さん、サボりはよくありませんよ」
「あんたが言うか」
「サボりはママ許しませんよ」
「引っ張るな、突っ込まんぞ」
「…」
 呆れて嘆息混じりに言うと、あいつはぷうと頬を膨らませて睨んできた。 全然怖くないけど。

 気にせずにごろりと横になると、ぱたぱたと走り寄ってくる。 本当落ち着かない奴だと思う。
「まぁこんなに良い天気なので、サボる気持ちもよく分かりますってことで」
「明らかにあんたの方が先だろ、教室抜けたの」
「えへへ。 それにしても、屋上ってあんまり人来ないのに、鳴海さんとはよく会いますよね〜」
「俺は静かに一人でいたいからここに来るんだけどな…」

 これは本当だった。
 ここだと人はあまり来ないから静かにいられるし、眺めも良いし風が気持ち良いし昼寝には持って来いだから。
 だがこいつがなぜいつもここにいるかは謎だった。
 まぁ俺が関心持つことではないんだろうが。

 何気なくふと思っていただけなのに、気がつけばじっと眺めてしまっていたらしい。
 居心地が悪そうに首を傾げている。
 しかし次は困ったように笑って、ああと呟いた。

「私は、なんていうか…高いところが好きなんですよ」
「バカと煙はなんとやら」
「失礼な」
「なんで高いとこが好きなんだ」

 ジト目で睨んでくるのを軽く流して尋ねると、物珍しそうな顔をした。
「鳴海さんでも私に興味持つことあるんですか?」
「質問を質問で返すな」
 目も合わせずに嘆息すると、くすりと横で笑われた気配。

「少しでも空に近い場所にいて、少しでも空が広い場所にいて、
 空を飛んだらどんな感じなんだろうなあ なんて気分に浸るんですよ」

 それが楽しいんですよ、
 と付け足して笑う。
 なぜか自嘲的な笑い方だと思った。


「あんたらしい」
「ふふ、小さい頃、飛べるんじゃないかなんて考えてマンションのベランダから飛び降りて怪我したことがありますよ」
「あんたらしい」
「どういう意味ですか」
「昔っから無茶ばっかやってんだな」

 文字通り、雲を掴むような話。
 どんなに自由になりたくても、この地から解き放たれることはないのに。

 それでもそんな無茶をしてしまったコイツの心の中には、
 衝動を抑える理性とか、現実主義的ながっかりするような迷いはなかったんだろう。

 高い場所から飛んだって。
 飛べるわけない。
 落ちて下に叩きつけられるまでのほんの数秒、浮いてるだけだ。
 でもその数秒はどんな感じなんだろう。
 飛んでるって、そんな気持ちになるんだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えていたら、この思考を読んだかのように呑気な声が聞こえた。

「落ちるまでの二秒くらいは、飛んだことになりますよね」
「落ちた後どうだった」
「そりゃ痛かったですよ。 植木の上に落ちたんで大した怪我にはなりませんでしたけど。 でも…」
 そこで一旦言葉を切る。
 そのときの情景を思い浮かべているように遠い目をした。

「でも?」
 素直に促してやると、向けてきた深い茶の瞳が情緒豊かにきらきら光った。

「達成感ありましたよ」
「……」

 馬鹿な思い込みで、いや、どうしようもない願いだけでマンションから飛び降りて、
 落ちて、地面に叩き付けられて、ついでに現実を叩き付けられて、
 そんな顔でそんなことを想うなんて、こいつくらいだ。


「まぁ、懲りて二度とそんなことしてませんけどね。たっぷり怒られちゃいましたし」
「当たり前だろう…」
 嘆息すると、こいつは全くそのときのことを反省していないような顔で笑った。

「でも…思いません? なんで人って空を飛びたがるんですかね」
「……さぁ」
「空を見ては自由に飛びたい、鳥を見てはあんな風な翼が欲しい。
 どうしてそんなこと考えるんですかね、できもしないのに」


 できもしないのに。


 時々、わかりきったことを述べるこいつの言葉が突き刺さる。


「だけど一番思うのは、空を飛べたら、翼を持ってたら、
 それで私たちは本当に自由になれるのかってことです」
「ーーーーーーーー」

「何に縛られてるか、数えあげることもできない人間が、何から自由になれば良いのかって感じですよ。
 こんな状態じゃ空を飛べたって、何からも解き放たれたことにならないんじゃないかって思います」

「………」


 なるほど。
 だからもう、飛んでみようとすることを止めたのか。

 昔あんな無茶をしてしまったコイツの心の中には、
 衝動を抑える理性とか、現実主義的ながっかりするような迷いはなかったんなら。

 飛べなくても
 じゅうぶん過ぎるくらい

 こいつは自由なわけで。


 こいつの衝動を、願いを止めるのは痛みなんかじゃなく
 がっかりするような現実じゃなく。

 それを上回る人となりを 形作る哲学か。

「私はここにこうしていても、私自身を自由にしてますよ。
 癒されはすれ、空に焦がれたりなんかしません」


 不自由すら、自由に飼い馴らす  そんな。












「あら鳴海さん、今日もお昼寝ですか」
「俺の特等席をいつも取ってるな、あんた」
「屋上は誰のものでもありませんよ〜」


 それでも
 こいつが固執するかのように
 羨望すら湛えた目でこの空を見上げているように見えるのは

 地面に生きるものとして
 どうしようもないことなのかも。


「前あんなこと言ってた割にはあんたいつも空見てるよな」
「鳴海さんがいつも私を見てるようにですか?」
「…馬鹿か」
「失礼な!」






 自由になりたくても。
 空を飛びたくても。

 それだけが自分の欲しいものじゃないなら。
 自分の欲しいものがそれを望んでいないなら。

 自分にもそれを望む余地はないわけで。





「あんたは本当自由だよな」





 見上げると、
 必要のなくなった空が、 やけに近くなったような気がした。








   終








めっさくさ久しぶりのSS。
だからか物凄い書き難かった……でも結構納得いくものが書けました。満足!
もみあげ君の一人称は凄い難しいです。ひよのさんの一人称ほどじゃないけど。

空好きとしては書きたかったテーマ。
3周年企画でいただいたお題は「空も飛べるはず」(ひよの関連小説)でしたー。
こーひよにしようかとも思ったんですが、こーすけ君はどっちかと言えばひよひよに似てる感じで。
あまり不自由を感じていないというか、日常が重くとも自由になりたい自由になりたいとかウジウジ考えるタイプじゃないと思うので。
ウジウジ担当もみあげクンで(ごめんなさい

素敵なお題ありがとうございました〜!


BGM「空も飛べるはず」BY:スピッツ   「ツバサ」BY:アンダーグラフ


05/01/18


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