腕の中へおいで。










          エンレイス











 本当に欲しいものが手に入らないと知ったとき。
 本当に欲しいもの は 手に入らないと知ったとき。

 本当に欲しいものが何なのかも分からなくなって。





 慌てて開いている両手を握っても、既に「何か」は零れ落ちていて。


 気付いたときには、この手に何も残っていなかった。










 1日の大半を、カーテンを閉めたままの薄暗い部屋で過ごす。
 窓も開かないし、外に出ることもないから扉を開けることもない。
 同じ空気だけが、薄まって、澱んで、四角い狭い空間に漂っている。









 この扉を蹴破ってまで入ってくる人はいない。
 こちらから開いて、入ってきてくださいと頭を下げてお願いして、その人がちらとこの部屋を覗いて、悪くないそう判断すればゆっくり入ってきてくれる。


 きっとそんな感じだと思う。





 面倒臭い。







 私の実態はそんな感じ。












「あんたは一体何なんだ。 言ってることとやってること矛盾してるだろ」

 ふとした拍子に始まった口論。

「何がですか」
「俺を拒絶してないか?」


 はい?


 鳴海さん、一度想いを繋げたら 随分素直になりましたねぇ。



 うーん。

 確かに 拒絶してるかも。


 俺「も」拒絶してないか? が正解ですけど。


「拒絶なんてしてませんよーう」
 とりあえず嘘。

 断言できますが 私には受け入れてるものの方が遥かに少ない。


 例えば、以前までの鳴海さんよりは私の方が遥かにものごとに寛容だったかもしれないけど。
 私を受け入れようとする鳴海さんに比べれば、今の私は溶接された貝みたいなもんです。



 とりあえず笑顔で溌剌と言うと、彼は盛大な嘆息をして眉を顰めた。

「俺が他人を拒絶してた頃はあんたは俺を受け入れてるように見えて…
 俺があんたに心を開こうとすればあんたは俺を拒絶する。
 もしかして、前からもずっとあんたは俺にこんな調子だったのか」






 全部わかるから。 受け入れるから。 許すから。
 そんな顔で、笑いながら手を差し伸べて、
 でもその手は実は触れることすら許していなかった。


「そうなんじゃないのか」
「………」




 このテのことには鈍いはずなのに随分鋭い。
 苦笑したけれどたぶんあちらには気付かれていない。




「誰にだって人に言えないようなこととか、そういうものがあるんですよ」






 声が小さく掠れていたことに、自分でも驚いた。







 この扉を開けば。
 厚く灰がかったわけのわからない部屋の中を覗いて、
 あなたはそれでも入ってきてくれるでしょうか。





 すみません、
 きっと私は信じてない。



 あなたの気持ちを信じていないんじゃなくて。
 自分があなたが想ってくれるだけの人間であるということを、信じてません。






 だからこの扉は開けない。







「あってもいいけど」

 彼は目を横に流して、また小さく息を吐く。
 そして目を合わせて、


「あんたのは怠慢じゃないか?」


 真摯な瞳。


「! な、…」


 扉が小さくギ、と音を立てた。



「怠慢って…失礼な……」
「別に。 俺はあんたに受け入れて欲しいだけだ」



 ぷいと横を向く。
 前からずっと不満を持っていたはずだから、今実際口に出したことで溢れてきたんだろう。
 それでも怒った様子はない。


 案外、 おとななんですねぇ。


 ていうか私が子どもなんですか。








 でも 受け入れて欲しい なんて。
 どうして 好きだという崇高な感情に、報われたいだなんて思うんですか。
 好きなら好きなだけで、鳴海さんは結崎ひよのという人間が好きだ、と

 それだけで良いじゃないですか。

 その申告も何も要らない感情に、 何を始めようと言うんですか。


 私は何もあげられないのに。
 どうして私に報われたいだなんて思うんですか。
 好きだと言われれば嬉しいけれど
 私には見返りなんて渡せないのに。









「………」
「珍しいな、あんたがこれだけ言われて何も返してこないなんて」
「……」

 何も言わずに俯いて考えあぐんでいる私に、彼はどんどん距離を縮めてきた。




 扉に足音が近付く。
 鼓動が聞こえてくる。




 そして?


 今度は?








 扉の冷たさに驚いて手を引っ込めて、
 私のことを嫌いになるんじゃないですか。











「珍しい。 年下みたい」
「…年なんて関係ないでしょうっ」


 1メートルに満たない距離。
 彼が扉を閉ざしている前までは全然平気で当たり前だった距離。


 それなのに今は。


 こんなにも頭が上手く作動せず、言葉も上手く扱えず。
 焦っている。
 顔が熱い。




 ああ、私は あなたのことが本当に、――なんですね。






 私の部屋に入れるのは、私のことを一番大事だと言ってくれて
 私の何も咎めずに 受け入れてくれる。 そんな方だけと決めたんです。
 そしたら私は傷つかないし 私も傷つけずに済むと思うから。






「なあ」
「…」
「受け入れて、俺のこと」
「…どうやって」
「好きだって、信じて」

 好きだって言って欲しいわけじゃない。
 そうつけ加えて。

 そうなんですか。
 あなたの報われ方は そうなんですね。



 なんて素敵。



 だいすきです。








「…じゃあ、」


 鳴海さんの一番大事なものを、私にください。


 できる限りの笑顔で言った。
 我ながら浅ましい望み。 でも本心じゃない。
 私は何も要らない。 欲しいのは保証だけ。



 ああ、性格悪いですねぇ、私。 はあ。




 心の中で盛大なため息。
 それでも顔には満面の笑み。
 ちょっとした特技。 たぶん誰もが知ってるでしょうけど。





 すると彼は、さらりとした顔で

「あ、じゃ無理」
 そう言った。
「はぁ。 そんな条件ならいいや」
 そう言った。



 残念そうな顔。
 でも笑っている。

 普通ならここでくるりと踵を返しそうな台詞なのに。

 彼は元から小さい二人の距離を更に縮めてきた。
「……っ、」
 息がかかりそうなほど近い距離。
 顔が熱くなる。
 耐え切れず後退さろうとしたとき。




「俺の一番大事なものはあんただから。 あんたにでも、やれない」




 優しい笑み。
 答えを、応えを待つようにゆっくりと、私の肩に額を載せてくる。






「―――――、……っ…」








 耳の奥で。
 私の世界の白い天井から。


 けたたましいほど降ってきた、ノックの音。








   終








ひよのさんが見事別人です。(失笑)
いただいたお題、「エンブレイス」(鳴ひよ小説)でしたー。
バンプの唄「embrace」のような二人、とのリクだったんですが、私が書く普段の弟くんはバンプなど全くそぐわないヘタレで、ひよのさんは男前で(泣笑)
なのでガラリと雰囲気を変えてみました。 別人っぷりに寒気が・・!
腹くくっちゃうとめさくさ強くなるのが弟くんなので。 かえってひよのさんはこういうメンタル的な恋愛は心の奥底で、自分でも分からない自分と闘ってそう。

今回の鳴ひよは抵抗ある人がいそうで申し訳ない!
でも書いててすごい楽しかったですー(*´∇`*) 素敵なお題、ありがとうございました!!


BGM「embrace」BY:BUMP OF CHICKEN


04/11/18


*閉じる*