何よりも近い
 交差しない目線が何より遠い

 それはとても都合の良い距離










              背中合わせ











 触れた背中の体温が心地良い。


 上に青天を敷き詰めたような、学園の屋上。
 歩は自分のものよりも一回り小さい背中に、遠慮がちに体重を軽くのせ、息を吐いた。
 ちらと目線を後ろにやるが、この体勢ではせいぜいが見えてひよのの風に揺れるお下げの断片くらいだ。



(―――…楽だ)


 相手もそう感じているだろうか。
 そう考えてはみるものの、当然こちらから相手の顔は分からず、表情から伺うことはできない。
 それが何より楽。





 もう少し欲を出せば、
 もう少し前に手を伸ばそうと考える部分があれば、

 細い肩を掴んでこちらを向かせ、見つめ合えるだろうに。
 互いの意思を確認するかのように目線を交わすこともできるし、
 心臓の音を確かめるように抱き締めることもできる。
 滑らかな頬に、額に唇を落として感謝の言葉を紡ぐことも。



 けれどそうしないのは、できないのは


 そうした果てにある何かが怖いから、
 それ以外に理由はあるだろうかと思う。





 今触れている背中だけは真実で。
 それなのにこの距離を詰めようとすれば、

 目線を合わせたり
 言葉を交わしたり
 この手で触れたり

 そんなことをすれば 今感じている温度に変化が起こってしまう。
 保証も何も無い、変化が。


 こうして持たれ合っているだけで安心が得られるのならばそうしていれば良いではないか。


 この背中は楽だ。
 傍に居る、触れていると実感できる。
 なのに表情を伺う必要がないのだ。
 相手が何を想うのか、気になったとしても 気にしなければ何も聞かず、何も言わず済む。
 触れているから、前から去る背中を追おうと足掻くこともない。


 先を望むことをしなければ、
 この温もりは半永久で保証されるだろう。


 けど。




「ねぇ鳴海さん。 どうして私の顔見て話そうとしないんですか」


 決まってる。 見えないから。

 けれど違う。
 本当 は



 向き合えば、
 視線を交わし
 言葉を交わし

 そうしてる内に



 その肩越しに見える広い世界を
 きれいで 深く どこまでも広がる世界を

 全て手にしたいと 果てしなく欲望が生まれ出てくるだろうから


 このまま
 せめてもの保証のある温もりを

 平行線を辿ることができる最小限の距離を





(――…あぁ、楽だ)





 こんなにも苦しいのが、嘘のようなくらい。








   終








最初は…弟とひよひよ、お互いに背中を預けられる一番のパートナー
って感じで進める予定が…どうしてこうなったのか……

3周年企画でいただいたお題「背中合わせ」(鳴ひよ小説) でしたー。
背中合わせって言えば色々解釈はあるし、実際どんなもので行こうか迷ったんですが、弟視点で痛い路線でいってみました。
この場合背中合わせってのは実際そうしてるんじゃなくて(場面としてはやってるけど) 弟君のひよのさんへの抽象的な接し方って感じ。

保証つき、一番近い、温もりを与えてもらえる、不変、
それ以上も以下もないってのは贅沢な話 苦痛だろうな。


04/10/05


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