みんなの願いは同時には叶わない










          アシントリー











 願いと理想はそもそも同じようでありながら、どこか根本的に違うものであって
 人間の理想とは僕たちが人間である以上大した違いは見られず
 大きな目でみるとどれも同じようなものだと感じられるけれど
 願いだけは違って
 ひとりひとり いくつも願いを持っていて
 ひとりひとり その価値観は違っていて
 つまりにはひとりひとり 矛盾する複数の願いも持っていて



 この世界は この町は この空気は
 ひとの願いで溢れ

 それで輝いていると思えれば良かった





 でももう 僕たちには
 それで澱んでいるとしか思えなくて




 澱んだ空気 澱んだ空には何を浮かべても 何を沈めても
 澱んでしかいない
 そう この空に沈んでいる僕たちも







 自分として生まれたからには自分として生きたかった
 けれどそれは許されないみたいで
 あるいは単にそうするだけの強さが自分にはなかったようで


 けれど自分として生まれたからには自分として生きたかった
 どうあれば自分として生きていることになるのか
 問われれば答えられない その時点で自分は澱んだ世界に沈む一片のごみのようなものだった



 自分を肯定すれば
 自分以外の何かを否定することになる





 空に手を伸ばしてみたかった





 けれど今より高い場所に行くということは
 誰かを踏みつけて行くということになる


 生きるということは誰かを殺すことになる




 何も壊したくないと必死で何かを抱えれば
 耳の奥で どこかで何かが壊れる音がした











 人間とは所詮シンプルなもので
 そこまで多種多様な理想なんて考えつかない


 生物の染色体の数が決められているように
 ヒトという生物がシアワセに生きる環境というのは決められていて


 けれどその理想に辿り着くまでに様々な願いで人は寄り道する
 そしてその願いで壊れていく
 壊れるならまだいいけれど
 自分のもの以外のものにまで侵食し 壊し 取り返しのつかない場所に飛ばしてしまう




 願いは様々で

 そして そのどれも全てが叶うという保証はなくて

 誰の願いも叶わないという可能性はあっても
 誰もの願いも叶うという可能性はなくて




 例えば 僕に死んで欲しいと願う人間と 僕に生きて欲しいと願う人間
 彼ら二人の願いはどちらかは叶わない




 死んでいないだけ、息をしているだけ
 そんな死んだような生きかたをすれば双方の願いに沿えるとは思うけれど
 そうすると根本にある「理想」というものに適っていなくて 却下される
 今の僕がどうあるかは評価できるものじゃないけれど






 幸せになるための願いは同時には叶わない





 僕が生きれば誰かが死ぬ
 僕が笑えば誰かが泣く



 僕が在れば 君が無く








 僕は君の幸せを願った。
 例えば 君が在って僕が無いほうを願った。


 君にとっての幸せはどうかは知らないけれど
 とりあえずそれを願った。




 そしたら君は僕の幸せを願った。
 例えば 僕が在って君が無いほうを願った。


 僕にとっての幸せは間違いなくそれではないから
 もっと別の
 そう例えば 君が幸せになることとか

 を願って欲しかったのだけれど





 君のことを考えれば自分がひどく自分勝手になっていることに気付いた
 君の願いなどお構いなしに君の幸せを願った




 誰しもの願いが叶うわけではないと知っているから焦っていた


 どうか君の願いが叶いますように
 それが君の幸せでなくても


 君の願いが叶いますように









 僕はただそれだけ願い続けた

 君が繋いできた手の冷たさを 感じないふりをして。









   終








アシンメトリー 【不対称・不均衡】

願いが叶うことが幸せってわけじゃないんですよね。

ラザの幸せはカノンと一緒にいられることだと思い升。
もう充分幸せだったはずなのに、願いすぎてしまうと壊れるんだよね。
どの程度が最高なのか、そこらへん知らないとエラい目にあうけど
限界を目指して生きてるわけじゃないし 難しいなぁ。

3周年企画でいただいたお題、「アシンメトリー」(螺旋小説)でした。
カプは何にしようかと思ったんですが、"不均衡、不対称゛の意味ということでぱっと浮かんだのがこのカノアイでした。
アシンメトリーって響きが凄い好きです。 素敵なお題ありがとうございましたー!

「誰かの願いが叶うころ」
宇多田さんのこの歌が大好き。


04/09/26


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