そして次はどんな色?













        アオ













 
 今すぐ誰かを殴り飛ばさないと死ぬ、


 マジでそう思うくらいムシャクシャしていた。







 そう思って居ても立ってもいられなくなってたときに、
 目の前にいたのが この嬢ちゃんだった、ってだけのことだ。












「嬢ちゃん、俺が今から嬢ちゃんの中に思念を送る」



「…はぁ?」




 突然そんなことを言われ、嬢ちゃんは全くわけがわらかない、といった風に顔をしかめた。
 もっともの反応だ。









「さ、送ったぜ。 嬢ちゃんの脳の中に何が送られた?
 当てないと殴る」


「ちょ、何言い出すんですか!!」



 性質の悪い冗談だ、と言いたいのだろう。
 少し怒りを含んだ声で嬢ちゃんが後退さった。

 申し訳ないが冗談じゃない。

 あ、だから性質悪ィのか。






 俺が頭に描いた残酷な映像を嬢ちゃんが捉えてるとは思えない。


 初めて会ったとき、俺がやって見せたトランプ当てとはちょっと勝手が違う。










 何も言わずに呆然と俺を眺めている嬢ちゃんに、


「やっぱ分かんね? じゃ殴っていい?」


 そう言って右手をグーにして近付く。

 すると嬢ちゃんはニッコリと笑って、



「送られてきましたよ。 浅月さんの頭の中、バッチリ届きました」



 そんなことを言った。





「じゃ何が送られてきたんだ?」
「それを言って、違ってたら殴られてしまうんでしょう?」
「そのつもり」
「じゃあ浅月さんは、私が何を言っても『違う』って言えるじゃないですか。
 ていうか言うつもりでしょう」
「……」
「でも安心してください。 ちゃんと届いてますよ」
「…………」




 そんなバカみてぇなことを、
 至極真面目に、だけど屈託のない笑顔で言うもんだから


 だからうっかり殴る機会を逸してしまった。




 いつもこうだ。 この女にはいつも ペースを奪われてしまう。





 なんでこんな突然の、キチガイみたいな提案に付き合ってくんだ、そもそも。
 頭がおかしいのか?


 …あぁ、きっとそうかもしれない。


















「なー、嬢ちゃん クズって言われたことある?」
「それはないですね〜」
「やっぱり」
「どうしてですか?」
「俺言われたことあんのよ」
「いつですか?」
「中学んとき」
「あぁ、もしかしてそれを思い出してムシャクシャしてたんですか?」
「………」

 送ってもないのに人の心を読むんですか、このヒトは。

「でも浅月さんも変なヒトですね〜」
「なんで」
 嬢ちゃんに言われちまったらおしまいだろ。

 だってそうだろ。
 無理な問答押し付けて、それが出来なかったら殴るって。
 今さっき 自分に拳振り翳してた人間に、
 そんな朗らかに笑って言葉を交わすなんて


 変なやつじゃなきゃ出来ねぇだろ。

 少なくとも俺には出来ねぇよ。






「自分で自分をクズと思ってなかったら、傷ついたりしないでください」

「…俺は傷ついてんじゃないの。 ムカついてんの。
 なんで先公ごときにんなこと言われなきゃなんねぇのってムシャクシャしてんの」



 そう、

 傷ついたりなんてしてない。







 だって俺は、 クズだろうから。








 それを自分で分かってるから。














「そうですか? すっごく哀しそうに見えるんですが…」

「違う」




 そう見えるのは、

 クズなんて言われた俺が、
 嬢ちゃんがその通りだと思ってるか



 クズなんて言われた俺が、
 憐れだと思ってるから



 そうでしかないだろ。








「憐れまないでくれる? 俺何も感じてねぇんだから」


「中学のときのを未だに引きずって、 思い出して勝手にムシャクシャして
 女の子に手を上げようとしてながら ですか?
 変なヒトですねぇ浅月さん」


 そう言って笑った。
 蔑むようでなく、ただ単純に俺の矛盾がおかしい、そんな風に。





「………」










 そうだよ。
 わけ分かんねぇんだ。
 ただ最悪なことしてるってのは分かってる。
 でもそれだけだ。

 後は誰か傷つけたり、
 勝手に思い込みでムカついたり、
 それでまた誰か傷つけたり、

 それを繰り返してるだけだ、俺は。








 無言で眺める俺をよそに、嬢ちゃんはしばらく笑った後、
 思いついたように提案してきた。



「じゃあ浅月さん、私が今からあなたに ある色を送りますね。
 それを当ててください」

「はぁ?」



「………はい、送ってますよ。 何色が見えますか?」






「何言ってんの、嬢ちゃん」





 ホント。 何言ってんの。
 思念飛ばすとか、無理だから。


 他人の頭ん中覗けたら、俺は今こうなってない。



 誰かが俺の頭ん中覗いてくれてたら、


 俺は今 こうなってない。







「まぁ。 私にはさっきあんなこと言っておいて酷いですね。
 でもやってみてくださいよ。 ホラ目を閉じて!」


 嫌だよバカらしい、と何回か拒否したが、嬢ちゃんは一歩も退かなかった。
 まぁさっき俺もやったことだし、と仕方なく付き合うことにして、目を閉じる。




 嬢ちゃんの背後に窓があるからか、

 その窓の外に広がっていた空を俺の瞼が覚えてやがったのか、


 白く眩しい残像が残るだけのはずの 瞼に、青が広がっていた。






「……青が、見える」





 そう言って目を開けると、嬢ちゃんが嬉しそうに目を丸くした。

「青が、見えたんですか? 浅月さん」
「………」

 言った後、無性に恥ずかしくなった。
 取り消そう、と口を開いたが、俺よりも先に嬢ちゃんが言葉を発した。




「哀しそうな青ですか?」



「……はぁ?」
 また変なことを言い出す。 色に哀しそうも嬉しそうもあるか。

 付き合ってられん。

 だがどんなに「付き合ってられん」ことでも付き合ってしまうのは、
 嬢ちゃんの特殊能力だろう。




(次は何を言い出すのやら)



 楽しみなのかも、知れない。








「涙の青ですか? それとも」
「……空の青だよ」
「幸せそうな色なんですね??」
「………」

 何を考えているのか何を企んでいるのか。

 本当に嬉しそうに 子どもみたいに食いついてくるもんだから、
 とりあえず頷いておいた。





「凄いですね! 浅月さん」

「はぁ? ビンゴだったってか?」


 ハイ、とか頷いたらさっき殴り損ねた分 殴ってやろうかと思った。

 さっきと一緒だ。

 俺が答えたものに合わせてその通りなんです、なんていくらでも言える。



 だが嬢ちゃんは少し予想外の答えを持ってきた。





「私は哀し〜い、青を浅月さんに送りましたよ。
 なんでだと思います?」

「さぁ? ブルーな気分なのか、嬢ちゃんが」

 適当に答えると、嬢ちゃんは大きく頷いた。


「浅月さんがクズだなんて言われた話を聞けば、
 そりゃあ 浅月さんに合わせてブルーにもなりますよ」

「…」


「でも浅月さんは、幸せそうな 空の青って。
 色は当たってますけど、全然違うものです。 けど…」





 とても素敵なことじゃないですか?








 そう続けて、笑った。


 幸せの青、とはたぶんこのカオのことだ。


 空が背景だったもんだから そんなことを考えてしまった。













 ほら、言った通りだろ。
 思念なんて飛ばせるモンじゃないんだ。

 他人の頭ん中なんて、考えてることなんて分かったことじゃない。




 なのに







『浅月さんがクズだなんて言われた話を聞けば、
 そりゃあ 浅月さんに合わせてブルーにもなりますよ』




 何、なに勝手に想像して 俺の心境決めつけちゃってくれてんの。
 しかもその後勝手に同情しちゃってんの。



 俺は分かってるんだって。
 自分がクズだって


 それなのに





『浅月さんに合わせてブルーにもなりますよ』







 言われてみればそうなのかもしれない、なんて思えるコト言い出して
 優しさ見せ付けてくれちゃってんの。











 誰もヒトの考えてることなんか分かれねぇんだよ。
 アンテナが繋がってるはずなんかない。



 だからホラ、俺が送った 荒々しい感情を
 嬢ちゃんは軽く受け流して別のものを注ぎこんじまった。



 そしてホラ、嬢ちゃんが送ったっていう 俺の不幸の青だって。

 俺はそんなの気付きもせずに 空の青なんて能天気なものを見ちまった。





 全然違う。 伝わらない、 届かない






(他人の頭ん中を覗けるなら、俺は今こんなんじゃなかった)


(他人が俺の頭ん中を覗いてくれたなら、俺は今こんなんじゃなかった)





 なのに




『とても素敵なことじゃないですか?』






 なんだか自分が、とても恥ずかしい奴のように思えてきた。

 さっきの俺は一体何だったんだ。



 そう、こいつはいつも こんな形で俺のことを否定してしまうんだ。




「どうしたんですか、浅月さん? 何だかご機嫌が戻ったみたいですね」


 口を押さえて俯く俺の顔を覗き込んで、嬢ちゃんが笑った。












   終








久々の香ひよ(*´∇`*)
香ひよ楽しいそして浅月一人称がすっごく楽しい。

3周年企画でいただいたお題は「アオ」(螺旋文)でした〜。
シンプルなタイトルなのでちょっと不思議系な話にしようと思ったんですが、少し予想外な方向で締まった。
青って本当に崇高なまでに綺麗なイメージがあるので、少しでも透明感のある話にしたかった!
あと幸せって青のイメージがあるんですよね、なぜか。気分が暗いのもブルーなんだけど。
書いてて楽しかったです^^
素敵なお題、どうもありがとうございました〜!
ちなみにこれは会って間もない頃の二人かな?やっぱり友達的かも。

BGM『ヨーイドン』BY:ミスターチルドレン


05/08/05


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