どこにいたって
 耳を塞いでたって

 きこえる 声。












                            













 ざーーー。

 ざーーーーーーー。



 叩きつける雨。


 あーうるせぇ。
 前髪から滴る雫が煩くて、舌打ちした後首をぶんぶんと振る。


「っ、…おい、やめろ香介! 水が撥ねる!」


 すぐさま後ろから非難の声が上がった。
 肩に乗せられた手もじっとりと濡れている。





 梅雨に入って毎日雨続きだ。
 それでも俺が傘を持たないのは自転車通学だからに決まってる。

 片手運転がダメってんなら雨の日はずぶ濡れ運転しろって言ってるのと同じだろ。
 酷い世の中だねぇ。


 しかしまぁいつも雨に打たれながら自転車を扱ぐ俺の勇士に見惚れた奴が約一名。
 荷台に乗って傘を差す役を買って出てきたわけだ。



 ていうか、傘 全く意味がねぇ。



 後ろの定位置に座り、左手で俺の肩を掴み、右手でシックな濃緑色の傘を支える亮子。

「……」

 はっきり言わずとも二人ともずぶ濡れなんですけど。
 しとしと落ちる優しい雨なんてもんじゃねぇ。
 ざんざかざんざか横殴りの雨だ。

 梅雨とはいえ予想外の暴雨だ。
 今日だけ特別か?


 からかった俺の頭のてっぺんを渾身の跳躍で理緒が叩いたせいか?
 珍しく弟の奴が教室で早弁しちまって嬢ちゃんが弁当を盗み損ねたせいか?
 カノンの奴が猫を追い掛けて5階から飛び降りて雨で滑って足を挫いたせいか?


 それとも



 俺の可愛い暴力女が持ち前の優しさを スナオに 持ち出したせいか?






「いて、いててて」
 考えが更に強さを増した雨に横っ面を殴られ、中断される。
 風も強く、自転車が少しよろめいた。

 空なんか嬢ちゃんの腹ん中みてーにドス黒い。
 これから更に降りそうだ、やってらんねぇ。

 ていうかこの暴風雨ん中自転車二人乗りで走っていくこの姿は周りの目にどう映ったもんかね。


「おい、香介! 危ないだろ、もう少しスピード落としな!!」
「あー!?聞こえねぇよ!!」

 無意識に声がでかくなる。
 ていうか視界は限りなく不明瞭。 んで雑音でかすぎて会話なんかできたもんじゃねぇ。

 帰宅ラッシュにはまだ早く、車の通りが少ないのがせめてもの救いか。






 風に負けそうになりながらも、ヨロヨロと愛車を扱ぎ 漸く中間地点の土手に差し掛かる。

「うわー。川すげぇ増水してら」
「あぁ?何か言ったか!?」

 ドドド、と凄い音を立てて溢れんばかりに流れていく川を横目に言った独り言が、怒鳴り声で返される。

「何でもねぇよ!」

 負けじと声を張り上げ、条件反射で後ろを振り返る。
「ッ!!!」
 途端、風に押された傘に危うく目をやられそうになった。

「オオオオイッあ、危ねぇじゃねぇか!!寿命縮んだぞ!!」
「仕方ないだろ、この雨見てみろよ!」
「見んでも分かる!!」

 とかって怒鳴ってくるがあいつも心底びびっただろう。
 傘を閉じようか迷っているらしい。
 ていうかこの期に及んで、全く無意味だってのに律儀に傘を支え続けてんのがおかしい。

 しかも傘に雨がぶち当たる音がばばば、と強かうるさいわけだ。
 まぁ差さないでも雨に直接打たれるわけだし、どっちもうるさいだろうけど。


「…閉じてろよ、どっちみち濡れまくってんじゃん!」
「分かったよ、もう!」

 ぷうと不機嫌そうな顔で傘を畳みに掛かる。
 そもそも傘差し役で荷台に座っているわけだから、その役職を奪われて大層不満だろう。
 はは。全くアホみたいなんだから。


「………」
「………」

 しばらくどちらも何も言わない。
 雨がざかざか身体を叩きつける音と、ばしゃばしゃタイヤが水を撥ねる音と、
 自転車自体が立てるキィキィした音だけが耳を支配する。

 まぁ実際、喋られたのかもしれない。 ただ音がこちらに届く前に消えてしまうだけで。

 俺も雨と風に煽られて転倒しないよう、滑るハンドルを力を込めて握って前に集中する。
 肩に乗せられた手は二つになり、ぎゅっと握りこんでくるが凄く冷たい。
 あー、これで風邪引いたらただのバカだな、などと考える。




 すると


 
「―――――、…すけ」



 ぼそりと名前を呼ばれた気がする。
 実際呼んだのかもしれない。
 だが亮子は肩に手を置いてるばかりか額を背中に押し付けていて。
 声の調子からしても独り言っぽい。

 なんだか返事をしない方がいいような気がして

 聴かないほうがいいような
 聞こえない振りをしたほうが いいような気がして


 そのまま何も言わずに前だけを見ていた。

 このときばかりは、ザーザー吠え続ける雨の音に集中だ。
 ざーざーざー。
 ざーーーー。

 あぁ、何も聞こえない。
 やっぱり何も聞こえてない。

 そう思おうとして


 再び 聞こえた(気がした) のは









「――――――――き、だよ」













「………………」



 ざーーー。
 ざーざーざー。



 何も聞こえなかった。
 何も聞かなかった。


 あぁ、雨がうるせぇな。
 ばしばし顔を殴りつけてきて、痛いわうるさいわで全く迷惑この上ない。


 何も聞こえなかった。
 何も聞かなかった。





 なあ。
 お前は 何も言わなかったよな。











「あーーーーー!!!!」

「!!!!」


 急に大声を出した俺に、後ろの亮子が心底びびったのが分かる。

「な、なんだよ 急に!!」

「なぁ、雨止んだらよ!」




 雨 止んだら。




「皆で遊びに行こうなー!!」





 皆で、なぁ。




 俺って ホント バカみたいだよな。








「…あぁ、そうだね! 梅雨明ければ夏休みも入るしな!」



 明るい声。



 ほっとなんかしねぇよ。

 だって 俺は今 きっとお前を傷つけた。






 ごめんとは言わないけど。

 それでも、やっぱり


 俺は今 何も聞いてないよな。






「………」



 亮子はまた頭をとん、と背中に乗せてきた。
 ずぶ濡れで重くなった服から 体温のような別のもののような
 冷たいような熱いような何かがじんわり広がって

 泣きたいような笑いたいような
 なんだかとてもキモチ悪い感じがした。




 ドス黒い空で、梅雨は始まったばかりだ。

 でも雨って悪くないよな。

 こんなに近い距離に感じられる。





 ただ言いたいだけの言葉を
 相手に聞こえない確信つきで口から吐ける。




 同じように 普段できないけど






 例えば 泣いたって

 この雨の中なら、なぁ?












   終








珍しい香亮パターン。

言いたいけど聞いてほしくない、でも嘘とかごまかしとかじゃなくちゃんと言いたい、
でも聞いてほしくない
そういうことを言うのに、雨の中ってとても良いと思うのです。
泣いたってごまかせる、声だって気のせいにしてもらえる
エイプリルフールより本音が言えそうな気がするのよ。

…なんちゃって。

BGM『Don't』BY:シン・ヘソン


05/06/18


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