この世界に幾つの不幸が転がってるかは分からない。
 幾つの幸せが転がってるのかも分からない。

 数えようがないから。

 だから知ったことじゃないはずなのに。












                   セルフポートート














 昔から極端な性格だった。

 やることが突飛というか無茶苦茶というか
 常人では思いつかないことを思いつき、持ち前の行動力で実行する。
 恐ろしいやつだ。

 それが愛しくはあったけれど哀しくなることも少なくなかった。


「なぁ嬢ちゃん、なんで学校こねーの?」
 サボリ魔の俺が言うのも微妙だが。
 部屋で座布団に体育座りしてるだけの嬢ちゃんにびびったが、
 俺はとりあえず要件だけを述べた。

「・・・・・・」

 俺は毎日コツコツ学校行く方じゃない。
 でも嬢ちゃんは違った。
 『生徒たるもの、目標は12年間無遅刻・無欠課・無欠席で学び、
 卒業式に皆出席賞で表彰されることです!』
 とか何とか言って風邪引こうが風吹こうが学校に通い続けていた。

 なのにここ最近、パッタリと学校に来なくなった。
 こいつが学校に来てるか確かめるために俺の方が毎日学校に通うことになっちまって全く不本意だ。

 だが1週間ほど様子を見ても、一向に来る様子はなくて。
 さすがに少し心配になり、家に様子をみにこればこのざまだ。


「…じゃ別の質問。 部屋からは出てる?」
「・・・・・・」

 だんまりですか。


 まぁ聞かなくても、この様子じゃ部屋から出てる様子はない。
 なんかげっそりして顔色も悪いし、飯もちゃんと食ってるか寝てはいるかも危うい。
 風呂も入ってなさげ? うぇっどうしよこのオンナノコ。 とか言ってる場合でもない。

「嬢ちゃん、ちゃんと寝てる?食ってる?」
 つまるところ人間として最低限度の生活は送ってる?

 と俺が尋ねると、嬢ちゃんは別に鬱な人間がそうしているわけではないので
 普通に受け答えはした。

「えぇ。一応食べてますし眠ってもいますしお風呂だってちゃんと入ってますし」

「なんで部屋出ないのよ」
「・・・・・・」
 あ、この質問が駄目なのね。

 何か神経質っぽい心の病か何かだろうか。
 そういえば昔、
 『変な飛行生命体が俺の神経細胞の隙間を狙っている』
 とか言って家から出ようとしないクラスメイトがいた。

 変な飛行生命体に狙われる神経細胞の隙間。
 確かにそれは危ないがその思想ほどじゃない。


 見たところ、部屋から出ている様子はないが別に四六時中蹲ったまま、ってわけでもないらしい。
 部屋は掃除してあるみたいだし換気もされてるしカーテンも空いてるし、
 俺が来たときもちゃんと玄関で迎え入れてくれたしコーヒーも淹れてくれた。

 ただ部屋から出ないだけだ。


「な、学校で何かあったのか?」
「何がですか?」
「イジメられた〜とか」
「あはは、まさか」
 そうだよな。どっちかといえばいじめるほうだよなお前はな。
 俺は笑顔で頷き、次なる質問を考えた。

「なぁ。 何で行かねぇの。 学校好きだったんじゃねーの?」

 そう言うと、嬢ちゃんは少し悲しそうな顔でぽつりと言った。
「学校は大好きですよ。 皆さんも大好きですし、勉強も部活動も楽しいです」

 だったらなんで。

 俺がそう訊こうと口を開く前に、嬢ちゃんが続けた。




「浅月さん、この地球上にしあわせの数が決まってるってご存知ですか?」



「・・・・・・」
 俺はハァ?とも言えず黙り込んだ。

「私はすごく幸せです。毎日楽しいし、人にも恵まれて。
 でも私が幸せになることで、幸せを手にできない他の人がいるんです」

「・・・・・・」
 嬢ちゃんが言ってることは急速に俺の脳内に浸透したが、
 馴染むのに物凄く時間がかかった。

 だが嬢ちゃんは小さく微笑いながら尚も続ける。

「私が独り占めするには、私が今まで得ていた幸せって言うのは嬉しすぎるものなんですよねー」

「だから 幸せにならないように、ずっと引きこもってた と?」
 固まりながら言う俺の言葉に、嬢ちゃんは笑顔で頷いて肯定した。

 身に余る光栄は誰かに ってコトですか。


 何。
 何ですかそれ。


 幸せの数は決まってて?
 自分が幸せになったら他の人間が幸せを逃したってことだからそれが申し訳ないと?

 ていうかそれ何情報だよ。

 いやお前らしいといえばすごくお前らしいけど。
 そうなの?

 それでいいの?
 そんなんでいいの、お前の人生?


 まぁ自己満足ながら嬢ちゃんが満足してるならいいのか?




「嬢ちゃん、誰に幸せになって欲しいのよ」


 まさか見も知らぬ遠い国の貧しい人々の誰か、なんて言わないよな?
 それだって重要な問題なんだろうけど。
 好きな学校行けるのに。
 その権利があるのに、それを放棄してまでそれは望まないだろ?
 大体それじゃあ何の解決にもならないしな。


 もっとどうしようもないくらい幸せ逃してて、
 もっとどうしようもないくらい 幸せになって欲しいやつが いるんだよな?


「…誰だっていいじゃないですか」
「まぁ聞かせろって」
 照れ隠しのように、膨れ顔で目を逸らす嬢ちゃんに気を良くし、俺は更に詰め寄った。


「誰だっていいじゃないですか! 少なくとも浅月さんではないですよっ」
「そりゃそうだ。 だって俺幸せだもん」
「……」
 笑顔で即答した俺に、嬢ちゃんは一瞬言葉を失くす。

 まぁ彼女の言う「幸せになって欲しいヒト」が俺ではないことは分かってる。
 それくらいだからもちろん、誰のことかも大体分かってる。


 どうしようもないくらい幸せ逃してて、
 どうしようもないくらい 幸せになって欲しいやつ。




「元気ですかねぇ、独房に入ってる『カレ』は」
「…っ何であの人って思うんですか」

 図星だったことよりは、それを知っているのが俺であることが不服という顔。
 口を尖らせる嬢ちゃんの頭を、笑いながらばしばしと叩いた。




 自己犠牲の上に成り立つ誰かの幸せなんて、
 誰かの犠牲の上に成り立つ幸せなんて、




 意味はないのに。
 本質も中身も何もないのに。

 それが理みたいになってるから、誰もが幸せは奪うものだと思ってやがる。
 俺だってそう思ってる派だけどさ。

 自分が幸せならそれで良い派だけどさぁ。




 お前はいつも凄い、価値あるものを俺に見せてくれる。




 人の幸せを祈りたくなってくる。



「なぁ、嬢ちゃんの犠牲の上にあいつの幸せが成り立って、
 それでアイツ喜ぶかね?」

 一番言われたくないことではあっただろう。
 俺の言葉に嬢ちゃんは一瞬苦い顔をしたが、ふっ切れたように朗らかに言った。




「だって、それくらい 世界はあの人にやさしくないから」




 バカだね本当。
 それくらい誰かから優しさ受ける人間がどれほどいるよ。




 愛しいね、本当。







「幸せの数は決まってるって?」
「はい」



 きっと嬢ちゃん一人で、何人分もの幸せつくることができるよ?
 マジで、思うよ 本当。





 世界は誰にも優しくない。
 人が人に優しくできるだけだ。

 嬢ちゃんが誰かに優しくできるだけ、 それが全てだ。





「じゃあ嬢ちゃん、あいつに会いに行こうか」
 急に立ち上がり、手を引っ張った俺に嬢ちゃんは目を瞬いた。
「へ?何でそう…」


 自分が涙を飲んで人の笑顔を守る、
 嬢ちゃんはきっとそれができる。

 たぶん、それが嬢ちゃんの幸せなんだから。





 お前はどうあっても幸せになる運命なんだ。




「嬢ちゃん、楽しめ、幸せんなれ」

「私が言ってたこと聞いてました、浅月さん?」




 そんな心を持った人間の幸せを阻めるやつなんていないんだ。
 どんなに凶悪で無慈悲な世界でも。


 誰かのために両手を開いて、何もかも差し出せるやつからは何も奪えない。





 そもそも幸せなんてものの存在すら疑ってた俺でも

 幸せの数は決まってなんかいないとか、思えるんだよ。




 俺の手を握り返す小っさい手は、それをひたすら生み出し続ける


 そんな力を持っている。












   終








こーひよ友情。
私は友達に使う「愛しい」って感情が大好きです。(日本語変)
幸せ観は人それぞれなのでこういう話書くの緊張するんですが
ひたすら、ただ幸せ!な話が書きたかったんですよ。
男女関係なく、カレカノ関係なく、自分の内面で築いて、それを他の人に渡ってもらう。

3周年企画でいただいたお題「セルフポートレート」(小説)でした!
素敵なお題ありがとうございました(*´∇`*)
浅月氏別人すぎですが私の中で彼はこうでもあるのです。

ちなみにひよのさんの内面が主役の話をこーすけ君一人称で。
カプは特にないんですが敢えて言うならカノひよと香亮です(笑

BGM『初花凛凛』BY:SINGER SONGER


05/06/08


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