あなたにあなた自身の祝福がありますように










三つの愛のオレンジ












「神様って信じる?」
 そんな他愛もない話だった。


 この話を二人が交わしたのは合計三回。


 一番最初にこの話をしたのは、出会って間もない頃。
 カノンとひよのの答えは同じで、



『信じてない』



 というものだった。
 ひよのと声がハモったからか、カノンは驚いた顔をして。
 ひよのと意見が同じだったのが意外だったのか、
 それともひよのが 神様なんていませんよ、とすぱっと切り捨てたのが意外だったのか。

 ひよのにしてみれば、あちらが『神様』をいないと思うのは当然とは思うわけで。
 (だってあの人達が神様モドキの方にああまで苦しめられて、
 それで尚 神様の存在を直向きに信じてるなんて痛いじゃないですか。)


 今考えれば、
 あのときの自分とカノンの意見が同じで 二人とも『神様』というものを信じていないという風に一致したのは


 神は運命を司るもので、
 万能で絶対の力を持っていて、
 自分達の運命や命を手の中で転がしているもの。

 そんな概念を持っていて、

 二人は同じように それを否定したかったから
 同じ意見を持っていたのかもしれない。

 神だと思うものに苦しめられていたから。
 この時点で『神様』の無慈悲なまでの絶対的支配力を肯定していたことになるのだけど。




 そして二回目にこの会話を交わしたのは、カノンが『お祭り』を開く少し前。


「神様っていると思いますか?」
 尋ねたひよのに、カノンは以前と変わらない調子で「信じてない」と即答した。

「そうなんですかぁ」
「ってことは、キミは意見が変わったってことかな?」
「えぇ」
「いるの? 神様」
「なんて言えばいいんですかねー…」


 カノンは子どものような目でひよのを覗き込んで。
 ひよのがそれが可笑しくてくすくすと笑うと、むっとしたように顔を逸らせた。

「いると思いますよ」
「どうして?」
「いると思いたいから」
「どうして」
「祈りたいから」
「…どうして」
「感謝したいからです」


 この哀しい痛みを、
 この喜びを、この寂しさを、
 生きている感謝と生かされている切なさを、

 込めて 誰かに届けるなら。


「それは神様かなって」


 誰でもいいようで、誰でもよくない。
 誰でもあって、ただ一人しかいない。

 誰にともなく感謝しているなら、
 誰にともなく思いを叫んでいるなら、

 それが誰ともなく いつか自分を救ってくれるなら、

 その何かも分からないものに、名前をつけるとするなら。


「神様かなって思ったんですよ、私は」

「へぇ」
「ちょっと複雑ですけどね」
 ひよのの言葉に、カノンは面白そうに笑って。
 嘲るような笑い方ではなくて、得意の何か諦めたような笑い方でもなく。
 ただ、好奇心を満たされた子どものように。


 ひよのがぼんやりとそう考えていると、カノンは
「…じゃあ、ひよのさんにとっては、」 肩を竦めて言った。


「ひよのさんが神様だ」



 キミが頼るのも、キミを救えるのも、キミが想いを捧ぐ相手も、
 結局はキミ自身なわけだし。

 そう付け加えて笑った。



「…………」


「…あれ」
「どうしたの」
「一瞬目が腐ったのかと思いました」
「なんで」

「だって今 もの凄くカノンさんが格好良く見えました」
「………」





 三度目にこの会話を交わしたのは、カノンの『お祭り』が終わって、少しした後。


 カノンの身がウォッチャーに拘束され、
 皆の生活が少しずつ落ち着きを取り戻してきて、
 新たな『変化』も起き始めて、
 少しした頃。


「ひよのさん、まだ神様を信じてる?」
「前と同じく…というか、考えを未だ更新していないというか」
 喉の奥で苦笑いしながら言うと、カノンは「そっか」と短く言って頷いた。


「カノンさんはどうですか?」

 今回一連の事件で一番の変化が起こったのは彼だろうから。
 その価値観とか世界観とか考え方だとかが、変わったことはあったのだろうか。
 今度はひよのが、好奇心に身を任せてカノンの顔を覗き込む。

「…よく分からないけど、」
 カノンは困ったように笑いながら、でも言葉を吟味するようにゆっくりと言った。

「前のひよのさんの気持ち、少しは分かる気がするよ」
「めっずらしい」
「何が」
「カノンさんがひとに…もとい私に同意するなんて…」
「同意なら同意するよ」
「カノンさんも、祈りたいんですか?」
「……」

「カノンさんも、感謝したいんですか?」


 痛いと叫んだり。
 どうして自分は、と叫んだり。
 憎んだり、苦しみを見せつけたり。
 愛しいと泣きたい気持ちだったり、
 胸が裂けるほど嬉しかったり、切なかったり
 世界に自分という人間が一人しかいないことに寂しかったり
 つまり 今生きていることを、

 誰かに

 感謝したいんですか?


 これからもこのときが続けばいいと


 祈りたいんですか?



 ひよのの言葉に、カノンは目を閉じて小さく笑った。

 結構よく笑うところとか、笑ったときの顔がとても幼いとか、
 光に透けて時々金色に見える前髪だとか、

 ちょっと目を凝らしてみれば きれいな人なんですね、と心の中で小さく呟いてしまった。


 そのままカノンは目を開いて、ひよのの目を見るようにして、その少し遠くを眺めるようにして。

「…うん。 ただ幸せなだけだよ」

 風が流れるような声。
「そんなこと言う人でしたっけ」
「内緒にしといてよ」
「誰にですか」
「みんなに」
「私だけ特別ですか」
「良い気分でしょ?」
 悪戯っぽく言うカノンに、ひよのも笑った。とてつもなく変な気分だった。



 普段言わない言葉。
 今まで決して言うことのなかった言葉。
 これから先も言うことがないだろう、言葉。



 まるで二度と言葉を交わすことがないことを、惜しむかのような。




「それじゃあまた」

 ぽつりと言った別れの言葉。
 『また』が二度とないなんて知らなかったから、こんな簡単に済ませたりしなかったのに。

 問題はまだ山積みで、不安は拭い去るどころか募る一方で。
 道も見えず、誰か…そう、『神様』のようなものに縋ることができればどれだけいいか。
 彼も、自分も。


「みなさんが幸せになればいいのに。
 みなさんが救われればいいのに」
「だからそれを祈るんだろ? 『神様』に」
「…神様なんていませんよ」
「いるだろ、ひよのさんにはひよのさんが」
「………」

 変わった。
 彼は変わった。

 胸が切なくなるほど。

 くるりと踵を返し歩き出すと、背中にふわりとかけられた声。




「God bless, for you.」



「!」
 驚いて振り返ると、窓際になって光を浴びて微笑む姿が、あまりにも『何か』に見えて。
「………」
「どうしたの?」
「カノンさんに惚れちゃうかと思いました」
「はは、それはちょっと勘弁かな」
「大丈夫です、未遂です」
「それは残念」
「……」


「ありがとう、ひよのさん」
「?」
 ふと思い出したように付け加えられた言葉。
「何ですか、藪から棒に」
「別に。 キミにはお礼言わなきゃならないし」
「………何で、」

 何で もうこれで最後みたいなこと言うんですか。

 そう訊こうとしたけど、
 彼の姿があまりにきれいに見えて、何も言えなかった。




 これが最後の言葉だと最初からわかっていたとしても。
 そうだとしても あのときの自分に何が言えただろう。





 ただ分かるのが、
 彼が最後の瞬間、彼自身で彼を救ったということだけ。








   終








げふ。なんか宗教じみた話で拒否反応出たお方すみませ…(汗)
色んな人生観とか、信仰の話を聞くのが好きです。
ちなみにひよのさんに具体的に言わせたからって、私の思う神様がこれってわけじゃないです。

3周年企画でいただいたお題、「ヒルベルトが何か英語を話すもの」でしたー。
これはお題に沿っていると言っていいのかまったく分かりません(滝汗)
一番ヒルベルト別人ですが、私はヒルベルトって最期(っていうなって感じだけど)
本ッ当男前だなって思ったんで、それで別人に(それじゃ私がいつも書いてるカノヒルって…)

お題ありがとうございましたー!そしてすみませ…げふん。 BGM「Time to say good bye」


04/12/07


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