何に救いとか希望とか
 そんな名前を与えるかは自由だった










          











 例えば風は 吹けば生きる花を散らした
 例えば風は 嵐を起こした
 例えば風は 血の臭いを連れてきた



 ただ吹く風など何もなく


 例えばこの心を痛めつけるために吹いていた





 そう、彼女に似ているように思えた






 彼女が歩けば
 彼女が呼吸をすれば
 彼女の鼓動が脈を打てば


 必ず 何かが壊れたり 何かが救われたり
 静かなことなどなく


 声
 瞬き
 笑み





 すべてが眩しくて
 それは例えばこの心を痛めつけるように存在しているように思えた









「ひよのさんってさ、何がしたいの?」
「何がしたいって……どうしてですか?」

 彼女は不思議そうな顔で
 少し首を傾げて
 蜂蜜色の髪が日にあたってきれいな橙色に染まって それが肩に滑らかに落ちて

 その仕草だけで僕はもう自分が黒く塗り潰される思いがした、勝手な話だけれど



「何がしたくているのか、何のためにここにいるのか…それが気になって」


 それは彼女が生きていること、それ自体を問うことになるので
 答えられるはずがないと思ったし
 多少失礼なことでもないかと思ったのだけど


 彼女は一度瞬いて
 全て見透かした。





「カノンさんが生きてることの理由の、参考にしたいんですか?」




「…………そうなのかもしれない」

 頷いて潔く認めると、彼女は一瞬 意外だという顔をして、
「そーですねぇ。 私は特に何も考えていませんよ」

 何でもないことのように笑って言った。

「本当に?」
「はい。 何がしたいとか、どんな風にどうしたいとか、どうしてそうしたいかとか…考えるとキリがないことですから。
 あ、でも どうありたい っていうのはありますよ、ちゃんと」

「どうありたいの?」

「それは秘密ですよ♪」

 僕がどんな顔をしていたのか、彼女はからかうように笑って



「私は思うようにやってます。それがどう映ってるかは私にはどうすることもできませんね。
 評価はお好きなようにしてください」



「…らしくない答えだね」
「そうですか?」


 うん。 らしいかもしれないけど
 意外なことを言い出すあたりは





 生き方、それは他人の目に映る自分の姿にも
 拘りが大きく 誇り高いひとだと思った





 こんなにも人の心を揺さぶるのが上手い人だから



 勝手にそう思ってた だけだけど









「ただやってるだけ、ただ歩いてるだけ、ただ立ってるだけ、ただ息してるだけ…
 それだけで結構 意味とか結果とか理由とか、後からついてくるもんですよ」

「いつもそうして…『ただ』やってるの?」
「そういうやり方もあるって話ですよ」


 そう言ってまた からかうように笑った。
 試すような眼差しで顔を覗き込んで、



「現にカノンさんだって、私が何ともなしに『ただ』してることで勝手に色々私を定義付けたり何か感じたりなさってるでしょ?
 私がしてるんじゃなくてカノンさんがしてるんですよそれは。 受動態だと思ったら大間違いです」





「僕がキミのこと苦手なの気付いてるの?」
「そりゃあもちろん―――
 でも私がどうこうできることじゃないですし、どうこうする気もありませんし。
 ただ、私がしてることや言ってることは、カノンさんに対してどうしたいとかどう思って欲しいとか考えてしてることじゃないですよ。
 カノンさんが勝手に私のしてることを抽象化してるだけですからね。 誤解は勘弁してくださいよ」



 そう言ってくるりと踵を返す。

 その弾みで今は橙色の蜂蜜色の髪がふわりと揺れ、もう一度沈む日の光を反射させた。

 ただ それだけのこと。


 なぜか目を覆ってしまったのかが



 その反射した光が眩しくてなのか

 彼女自身の言いようのない光の閃きのためなのかは


 知れない。




「フォローしちゃって。 僕に悪印象持たれるのが嫌なのかな?」
「あなたの好感度を上げようという気はないですから大丈夫ですよーだ」


 振り返らずに言う彼女の、得意満面な顔が見える気がする。

 言葉の語尾は楽しそうに揺れていた。



 こちらの喉から笑いだととれる音が漏れると、彼女も共鳴するように笑った。
 そして軽やかな足取りで数メートル先を歩き始める。






 これからずっと 隣を歩ける気はしないし
 先を越せる日が来るとも思えないし
 そうしたいのかも分からない。



 その辺はただ流されるもの悪くはない気がした。






 風は雲を呼び雨を降らせこの気持ちを鬱に陥れるために吹くのか

 ただ彼女の頬を撫で 髪を揺らして日の光を煌かせるために吹くのか



 それを決めるのは自分のようでいて誰でもなく




 彼女がそこに立って そこを歩いて 言葉を口にし 呼吸を繰り返すことも

 噛み砕いていけば同じような原理になるのかもしれない









 ただその歩いた軌跡をなぞるように
 陽の匂いがした








   終








受け取り方、答え、感じ方、そんなのがいっぱいあるような過ぎるほどの複雑な問題が好き。

「東の風」(カノひよ詩的小説)というお題でした〜。
まさか詩小説のお題が来るとは思わなかったのでビックリでした…!
てかこれのどこが詩的なんだよと言われれば黙秘権を行使させてください(オイ)
素敵なお題ありがとうございました〜!

風という題にあたり、ヒルベルトが飄々した風っぽくて、それに振り回されてひよのさんがやきもきしてるってのが最初の設定だったっていうのは内緒v(* ̄m ̄)


04/10/03


*閉じる*