「ごめんね」

 ただ

 ごめんね。




















          永遠という名の楽園














「カノンくん、全然話に出ないけど… まだ当分イギリスに帰らないの?」

 一緒に歩く公園の遊歩道。
 季節感のない、真っ白な花が咲いていた。
 ただその白い花びらは爽やかに風に吹かれて揺れ、五月の心地良い空気に目を細める。


 思い切ったように問う理緒に、隣を歩くカノンの歩調が止まった。
「…カノンくん?」
 訝しげに眉を寄せ、理緒も足を止め、カノンの顔を覗き込むように見上げる。

「………いつ言おうか、迷ってて結局タイミング外しちゃったんだけど」

 歯切れ悪くそう言って苦笑すると、 実はあしたなんだ、とカノンは続けた。
「―――」
 理緒の顔が、悲しみというよりも驚きで固まる。

「うそ…」
「ほんと。 ごめんね、今回はただちょっと…みんなの様子を見に来ただけだから」



「明日…じゃあ今日の夜には出発しちゃうんだ?」
「…そうだね」
「今度はいつ来るの?」
「わからない」

「ねえ、カノンくん」
「ん、」
「あたし、カノンくんがあたし達の味方から外れちゃうような気がしてる」
「…………」


 さすが、理緒は鋭いね。
 声に出されはしなかったが、理緒はカノンが浮かべた苦笑をその意味にとった。
「どうしてそんなこと考えるかなぁ」
「わからないけど…カノンくんがあたし達から離れてしまうような気が…するの」
「気がするだけだろ? 僕達は共に彷徨って、だから救われる時も一緒だ」

「救われなかったら、一緒じゃないの?」



 ちがう



「…………」



 こんなことが言いたいんじゃないのに


 あたしはずっとカノンくんの味方だからね、
 一緒 だから ね、




 それが言いたいだけ





 なのに。







「理緒…それじゃあ、僕と一緒に来るかい?」

「……―――」


 優しい顔。
 理緒がどういった反応を示すか分かっている、とでも言うような、今から言い訳を与えるような笑顔。
 卑怯だ、と理緒は思った。
 どちらがそうなのかは、説明つけられないだろうけれど。




 カノンがどのような道を行こうとしているか、憶測できた。
 今のままいれば平行線を辿ることができる。
 カノンと共に行けば、どのような未来が待っているのか 予測できなかった。





 だから




「カノンくん…ごめん」

 カノンの差し出してきた右手を見ないように、下を向いて首を振る。
 それでも彼がどんな顔で微笑んでいるかわかる。
 つまり、自分は甘えていた。 そう、卑怯なのは自分だ。


 でも。
 行けない。





「いいんだよ」
 行き場のなくなった右手は、しかし彷徨うことはなく、ぽんと理緒の頭を小さく撫でた。











 しがみ付いていれば築けたかもしれない永遠を手放し、さよならを交わした日。









 愚かな選択だったかどうかは、今も分からない。


 でも。













 それから季節が流れ、再会して、
 互いに銃口を向け合って。



 血を見て、絶望を見て、言葉は尽きて、それから
 静寂が流れ、希望の兆しを見て。


 目を閉じれば、またいつかきっと共に歩ける、そんな夢を見れた。

 その目が開くことはなかっただけで。




















「ビックリしたよ、カノンくん」


 ひっそりと佇む両手で抱えるほどの黒い石に、英語で何か文字が刻まれている。
 その脇に花を添えて、理緒が薄く微笑んだ。



 季節感のない、真っ白な花。

 石の黒に映え、また五月の風を受けて爽やかに薫る。





「アイズくんから聞いたよ。 カノンくん、最後まで希望を信じ通したんだってね」


 見つけたんだね、やっと。



 絶望に身を委ねてただ走り続けたあの日とは違う。




「いいなぁ、あたしは…ちゃんと信じられてるかなぁ……」



「格好良いなぁ、カノンくん」




 石の前に屈み込み、そこにある何かに話しかけるように、ぽつりぽつりと呟く。





「カノンくん、『僕と一緒に来るかい』って訊いてくれたときあったよね。
 あたしはあのとき、怖くて頷くことができなかった」








 でも、







「『今』のカノンくんに、……」




 今なら。





 その手を強く握り返せただろうのに。








「もう遅いんだね」










 手のひらに爪が食い込むほど、ぎゅっと握り締めて。

「ごめんね、でも、」







 もう戻らないと分かっている。
 もう戻ってこないと分かっている。











 共にいられる永遠、
 そんなもの少しも信じられなかったのに、








 どうしてこんな現実だけ静かに突き刺さってくるのか。
















 楽園という永遠は終わって

 今度はあなたのいない永遠。



 もう終わることはない。














「カノンくんだって ひどい、よ…っ」












 希望を胸に携えたあなたの前で笑いたかった。

 否、笑い合いたかった。  








   終








なんか理緒が弱い感じしますが…(汗)
こういうときは弱く、ずるく、人間らしくなって欲しいなと思ってエゴイストにしちゃいました。

3周年企画でいただいたお題「永遠という名の楽園」(カノりお小説)でしたー。
てかすみません、どうしてこんな幸せでラブラブそうなお題でこんな暗くしてしまったんだ……(滝汗)
壁紙を自分で作ってたら雰囲気がこうなってしまった……;;
でも今回の理緒っぺは私が普段書く理緒と違っていて人間らしくて気に入ってたりします。(かなり好み分かれそうな感じになっちゃったけど;)
素敵なお題、本当にありがとうございましたー!


04/11/04


*閉じる*