この手をずっと繋いでいてもいい

 そんな約束が欲しかった





 この心をずっと傷つけないでいい

 そんな保証が欲しかった












      愛の、あいのゆびから












 困惑して、あるいは気まずくてアイズの部屋を出たは良いが、特に行く宛てはなかった。
 自分の部屋に戻る気はなかったし、

 そもそもカノンが戻るまではアイズの世話を焼くことを決めていたのだから。

 タイミングを見計らって帰りたいのだが、どうも事態はそれほどソフトなものではないだろう。


 浅月が頭を抱えながらフラフラと歩いていると、ある場所に辿り着いた。





 …いつだったか、もう大分前のような気がするけれど
 ある雨の日、
 アイズが音を、声を取り戻した

 あやめが咲いていた場所。





「あーもう…何してんだろうな、俺は…」




 自虐的に、力なく笑いながら浅月が独りごちる。











 代わりに過ぎないのに。

 自分は 自分からカノンの代わりを買って出て、
 そしてアイズは そんな自分にカノンを重ねて、



 自分とアイズ、二人の間に 浅月香介 なんて人間はいなかった。




 






「その方が……楽だったのによ……」







 その方が、誰も傷つかずに済んだんだ。



 特別なものなんて何も持たずに、
 ただ当たり前にあるものをずっとなぞっていけば


 それが永遠になれば


 終わることで傷つかずに済む。

 傷つけないで済む。









「なのになんで今更…俺が好きだなんて言うんだよ……」








 勘違いに決まってるのに。



 『俺』が好きだなんて


 お前は俺の何を知っているんだ。












(気付いてたよ)



 お前が俺を好きだって。
 カノンとして カノンと同じように好きだって。


 お前が俺を必要としているって。

 …お前には、カノンが 必要だから。



 だからお前が俺を必要としているんだって。






 ずっと気付いていた。




(っていうか俺がそうさせたのかもしれないな)








 ……あぁ。


(ホントに俺、何やってんだろ ……バカみてぇ)







 あまりに大きな傷を負って空っぽになったアイズの心を救おうとして、

 時間をかけて、


 そしてまた 乱して 傷つけただけだ。












「俺は一体何がしたかったんだ……」












 ゆっくりと紫を帯びていく空を見つめながら、ぽつりと呟く。

 すると 思いがけず返事が返ってきた。







「……全くだ…」





「!!?」






 驚いて声がする方を見やった瞬間、その場に凍り付く。



「…ラザフォード…!?」




 走って来たのか、少し肩で息をしながら
 少し怒っているような顔で こちらを睨んでいるように見える。






 てっきり部屋で項垂れているものだと思った。
 だからアイズの登場は浅月にとってあまりに意外で、


(てか、外で一人で歩いてるとこ初めて見た…)





「なんで…お前…」



「それはこちらの質問だ…」




 浅月の言葉を遮って、アイズが静かに言う。





「……本当なら…前と同じように…今頃部屋に篭って、
 ただ打ちひしがれていたんだろうが…」


「……」


「アサヅキ、どうして俺が、…お前を追ってきたと思う…?」









 どうして?



 傷ついて、
 傷つけて、




 どうしてまた 立ち上がった?



 どうしてまた 歩いている?









「…ラザフォード」


「……本当なんだ」



「―――」







 もう、なくしたくないんだ。









 俯いて、目線は更に右下に落とされて
 まるで自分に話しかけるような、告白。



「…でも、だから…お前は」


 またさっきと同じように、浅月が穏やかに諭すような声で口を開く。




 カノンを重ねているだけだから。
 …俺を好きなわけじゃ、 ないから。



 そう続けようとした浅月を、アイズが落ち着いた表情で遮った。



「じゃあ…お前はどういうつもりで俺に接していたんだ」


「………」


 どういうつもりで

 あそこまで


 ボロボロだった自分に  希望を見せて

 立ち上がらせるようなことを




 どういうつもりで。







「……それは、」



 自分の気持ちに 収支をつけるため?

 可能性がないと分かっている想いを 諦めさせるため?
 そうしていつか 忘れてしまえるように?



 自分が笑うのを我慢して それでも相手を笑わせたかったのは

 そうまでして 相手の幸せを願ったのは










「…あれ」










 どうしてだろう。

 『なぜか』なんて




 答えが 一つしか 思い浮かばない。















 呆然としている浅月に小さく笑うと、アイズは顔を上げて
 浅月の眼鏡越しに覗く 緑の目を見つめた。


「カノンの代わりだと言ったな……」

「…ああ」





「……すまなかった」





 目を閉じ、頭を下げる。

「…は?」




「俺は…お前を、傷つけた」




「え?いや、ちょっと、…えぇ??」



 なぜそうされるのか、そう言われるのか分からず、浅月が困惑する。







「カノンの代わりなんていないんだ」







 彼がいなくなって空いた穴は、埋まりはしない。

 負った傷は、塞がることなんてない。




 でも







 痛みは確かにやわらいで、


 そしてまた  失っては歩けない そんなものが

 心の中にあって。




「お前はカノンじゃないし…カノンもお前じゃない。
 俺はお前が、お前として……」




 好きなんだ、




 と 再びそう告げるには照れがあったか、
 そこまで言うとアイズは「…」言葉を切って下を向いてしまった。








「……あー…」


 困ったね。



 頭をがしがしと掻きながら、浅月がどんな顔をすればいいか分からない、といった顔で口を開く。




「傷つけたのは俺の方だぜ、ラザフォード」


 だから頭を下げるべきなのも俺なんだ。
















 逃げていた。

 どうしようもなく太刀打ちできない感情から。




 代わりであることを前提にしておけば、

 後はもう、彼がそうしたようにアイズに接すればいいだけだったから。


 想うのは自分ではなく、そして想われるのも自分じゃない。

 重たい感情に圧し掛かられることなく、一緒にいたい人間の傍にいられる。





 楽な方に、逃げていた。





 大事な選択を、言葉の出所を、

 心のありかを




 他の場所に 他の人間に預けて、甘えていた。




 向き合うことから。







「ごめんな」










 ゆっくりと述べる浅月の目を、アイズはどこか遠くを見るように見つめていて

 やがてまた、ゆっくりと微笑んだ。




「傷……か」


「…?」


「俺は何か ずっと続いていくものが欲しかった。 保証が欲しかった。

 それなら… お前がつけた傷が欲しいな」




 自分が、傷つけてしまったように。





「本当は謝るんじゃなくて、感謝している」




「…………」


 ぽつぽつと抑揚のない声で一つずつ言葉を紡ぐアイズに、浅月はただ驚いたように見つめていて。



「ったく、驚いたな ラザフォード…」


「?」



「お前って、こんな男前だったんだな〜……」


「……馬鹿にするな」





 呆然と間延びしたように言う浅月に、からかわれていると思ったのか、
 アイズが不機嫌そうにそっぽ向いてしまう。






「いやいやそんな意味じゃないって〜。 ホントにそう思ったんだよ」











 傷は癒えないと言った。

 穴は、隙間は埋まらないと言った。



 でも、それとは別の 何か特別なものに  なれたのだろうか。














 代わりのつもりだったから、

 相手も代わりだと思っているだろうと 思っていたから




 お前の俺への気持ち、気付いてたけど
 信じようとしていなかったんだ。





 代わりのつもりだったから、

 あくまで代わりでしかないと思い込んでいたから、



 俺のお前への気持ち、
 信じようとしていなかったんだ。









 代わりのつもりだったから、

 お前は 俺のことなんか見てないって 知らないって
 そうとだけ 信じようとしてたんだ。






 …あぁ、ホント 何やってたんだろうな、俺。

 お前に対して 凄い 失礼なこと考えてたんだな。













 ずっと続いていくものが欲しいと言った。

 保証が欲しいと言った。


 俺なんかが与えてしまう傷だって欲しいと言ってくれた。










 同じなんだ、

 同じだったんだ


 俺たちが欲していたものは。



















「よし、手でも繋いで帰るか〜」






 言葉はもう要らないか、

 そう勝手に判断して右手を差し出した。




「なんだ、帰ってくるのか」

「あぁ? お前俺を呼びに来たんだろ!」





 薄く笑んで憎まれ口を叩いた彼は、
 それでも差し出した右手を拒みはしなかった。











「ったく、俺がいなくなって部屋でずっと泣いてると思ったのによ〜」

「泣かないさ…傍にいてお前が代わりに泣いてくれ」



 さらっとしたが(本人が無意識だからか)、 彼の言葉は明らかにプロポーズだ。
 それを知ってなお、浅月はニヤリと笑って


「イヤだね」

 と言い放つ。
 言葉の意図をどう汲み取って良いかと一瞬困惑したようにアイズが見上げて来る。


 そんな彼の、癖だと分かった 猫のような仕草。

 初めて 心から嬉しそうに笑うと、浅月はアイズの手を引き寄せ、
 一瞬でその唇に口吻けた。


「……!?」




「傍にいて 俺が泣かしてやるから自分で泣きな」

















 きっと、大丈夫。


 傍にいるから。







 ずっと続いていく保証なんてなくても






 この手のように

 先へ先へと 繋がっていくものは、



 確かに あるから。













    THE END.








「空に沈む」

【無駄に長いあとがき】

終わったァー!!
5話に渡る珍しく長編(?)でしたが、ここまで読んでくださってありがとうございます…!!
書いてて色々と悩んだりするものはありましたが、すっごい楽しかったです。
浅月が色々と世話焼きなんですが、でもやっぱり基本ヘタレで それでもアイズも少しは男前なところがあったりする、ってのが理想だったりするのです^^

素敵な絵や音楽に出逢えると、頭の中に言葉がたくさん降ってくるんですよ。
これを手繰り寄せて繋いで、SSにする…という作業がたまらなく好きで、幸せを感じる時間です。
できあがったものがへっぽこで「意味わかんねぇよ、電波…!?」的なものであっても、そのSSをくれた絵や音楽、その他色々なこと、人ごと愛情たっぷりです。(早速意味がわからない)
だから今回のこの話は、香ラザ神のシュウさんのおかげで呼吸ができてます。
素敵な絵を生み出してくださって本当にありがとうございました!!(ぺこり)

いただいたお題は、「愛の、あいのゆびから」でした〜。
このお題本っっ当に大好きでして!絶対連載もののラストに使いたいと考えていたんです。
連載ものでお題を一気に5つも埋めちゃって、卑怯だ!なんて思われちゃうかもしれませんが(笑
今まで使った「青く錆びた」「シンドローム」「黒」「空に沈む」「愛の、あいのゆびから」
は、特にジャンルやカップリングの指定がなかったもので、なら是非「何のカップリングでもいいから、そのときにアツかった連載ものに使いたい!」って考えていたんですよ。
だからそれが叶って自分的には大満足なのです!「実はこれを書いて欲しかったんだけどなぁ…」って方、ごめんなさい!でも私とっても幸せです!(…)

まぁ、自分でもまさか香ラザになるとは思ってなかったんだけどね…!だからそれくらいシュウさんの力が凄かったってことです。ホント一瞬だった。
ていうか散々名指しちゃってすみませ…

実は後一つ、連載で使いたい!ってお題があったりするんですが(* ̄m ̄)+ それがどうなるかはそのときの自分次第ですね!
ではでは、後書きまで長々とすみませんでしたー!


BGM
『DON'T TELL ME』BY:Avril Lavigne
『Shape Of My Heart』BY:BACK STREET BOYS
『The Answer To Our Life』BY:BACK STREET BOYS
『アルエ』BY:BUMP OF CHICKEN
『とっておきの唄』BY:BUMP OF CHICKEN
『Y』BY:GOING UNDER GROUND











05/07/23


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