壊さないで済むなら 触れないでもいい

 それでこの心が満足できればそれがいちばんよかった












                    













 降ってきたのは、絶望の音か。















 アイズの耳が聴覚を取り戻してから、暫く経った。

 それまでは二人の会話という意思疎通は全部筆談で、
 それも浅月がアイズに何か書いたメモを見せ、アイズがそれに返事を書く、程度だったけれど、

 耳が聞こえるようになってからは、アイズも自分からよく喋るようになった。



 でも、
 アイズから声を掛けてきたり、進んで言葉を発するようになったのは
 恐らく
 理由はそれだけではなくて。





(……代わり、だな)





 頭の中で小さく呟いて、浅月は苦く笑った。












 今ではもう、浅月もアイズの部屋に来ては帰っていく、ということはなくなった。

 元から狭い部屋でもない。

 だからというわけではないが、
 浅月もアイズの部屋で 一緒に暮らすようになっていた。


 アイズからそう言ってきたわけではない。

 そもそも以前、
 この部屋にはあくまで「訪れて」いるだけだという風に泊まることもなく自宅に帰って行ったのも、
 アイズに言われたからではない。

 なんとなく、そうだった。


 そして今も、同じように
 なんとなく、アイズの部屋に「住む」ようになった。




 寝起きを共にして、
 食事も共にして、

 買い物も共に行くようになった。





「今日は何食おうかねー」
「……」
「何か食いたいのある?」
「特には…」
「お前っていつもそればっかだなー…」

 一緒に来たスーパーの野菜売り場で、
 カゴに野菜を放り込みながら浅月が苦笑する。





 アイズは普段から、
 特に何か求めることはない。


 着たい服、
 食べたい物、

 見たいもの、

 聞きたいもの、


 やりたいこと




 全ては受身で、自ら何か望んだり、積極的に取り組んだりということはない。
 元もとの性格や暮らしも恐らくそうだったんだろうが、

 割と自由奔放、好き勝手にやっている(つもりの)浅月には、どこか物足りないものがあった。


「ラザフォード、お前…まぁいいや。
 とにかく! 何かご希望ありましたら言いなさい!」



「………」

「………」


「………」


 うー、と小さく唸っているのが聞こえる。
 どうやら本当に「望み」なんてなくて、本気で困っているようだ。


 無表情で必死に何か考えている様子が無性におかしくて、
 浅月は笑いながらポンポンとアイズの頭を叩いた。

「ははっ、…いいよ別に。 言ったろ、「希望があったら」って…
 全く、こんなコトに本気で悩むなよなー…はははっ」

「…………別に悩んでなんかない」

 浅月があまりにおかしそうに笑っているのが気に障ったのか、
 アイズは少し不機嫌そうに頬を膨らませた。

 その拗ね方もまた面白くて、浅月がまた笑う。

「あー、可愛いなあラザフォード」
「うるさい」

 そう言い捨てると、浅月を無視してそのままスタスタと出口の方へ行ってしまった。



「まったく…面白いやつ」
 ひとしきり笑った後、
 気を取り直したように急いで買う物をカゴに入れていく。


 なんだかんだ言って、外で待っていて 一人で帰ってしまうことはないだろう。
 前例がないだけなのだが、なんとなく確信を持ってしまう。




「…しかし、反応が返ってくるってのは嬉しいことだね」





 今までは何を言ってもこちらの言葉は届かなかったわけで、
 あちらが何か話してくることもなかったのだから。


 そう思い、嬉しくて独りごちた。











 …でも、

 どうして現在の日常があるかは常に考えておかなければならない。

 それは、それだけは  勘違いしてはいけないから。





 話すようになったからといって、
 あちらから声を掛けてくるようになったからといって、


 日々を共に過ごすようになったからといって、



 …まるで

 …まるで、ずっとアイズの隣にいた『彼』のポジションのようだからといって、






 アイズが自分に特別な意識を持っているというわけではない。










 代わりに、

 隣にいて
 今までよりも少し 踏み込んでいいと、

 そんな許可をもらった。


 それだけだ。






 そして、

 誰の代わりかなんて  知れたこと。













 だったら、自分がどう想ったって


 どんな気持ちを抱いたって



 そんな感情の行く先の、「可能性」なんて知れてる。








(ま、今更あいつのこと吹っ切って離れることもできないし(情がうつっちまったしな))




(きちんと代わりを果たしてやるさ、あいつの傷がちゃんと癒えるまで)







 そう。自分は彼にとってあくまで代わりだから。
 こちらからどう想うこともない。

 それはある意味で楽だった。



 今の生活にはあまり不満はないし、それがずっと続いてもいいと思っている。

 自分が彼の、 カノンの代わりを果たすことによって
 アイズが幸せになるなら、 それもアリだな、なんても考えている。




 でも



 アイズがカノンのことを忘れるとは到底思えないけれど


 傷が癒える、あるいは
 カノンが彼の元に戻ってきたら





 その先は

 それからの自分は  どうなるのだろう。





 そんなことを考えると、寒気がした。





 それを考えると、彼が戻ってこなければいい とか
 アイズの傷がそのまま癒えないままであればいい とか


 そんなことを考えてしまう。

 そしてそんなことを考える自分に、吐き気がした。










(所詮 俺は利己的なんだ)







 自己嫌悪の果ては、諦め。



 自分がアイズを仲間として、あるいはそれ以上として
 想うなら、今の生活を続けるなら



 カノンの代わりとして、というのがいいに決まっている。




「………あーあ」







 このまま、この距離、この状態

 これを続けるのがいいに決まっている。









(俺って、)






(可哀想なヤツ……)












 雨の季節は終わったけれど、
 空は絶望色に見えた。















TO BE CONTINUED...



「空に沈む」
「シンドローム」








連続更新成功…(またか)
今回は浅月サイドで。 一人称にしようかなっても考えたんですが、まぁ私の場合は三人称でも微妙に混ざるんですが
とりあえず三人称で統一します〜。
さてさて今後どうなっていくのか(笑
4話構成のつもりだったんでそれでいくと次で完結なんですが、もしかするともう一話続いちゃうかも…(汗)

いただいたお題は、「黒」(螺旋文)でした〜。
浅月の悶々と、あるいは黒々とした内面を書こう!…って思ったんですが…この浅月、なんか純愛してませんか?(笑 いや笑どころではないんだけど(笑
…まぁ、「沿ってねぇよお題に!!」という突っ込みはひとつひとつ受けてたらきりがないんですみません(オイ
素敵なお題ありがとうございました〜v










05/07/19


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