言葉にさえすれば 伝わるのですか?












夜に吹いたシャボン玉 昼に燃やした花火













 合鍵をくれ、と言えば翌日にははい、と一つの鍵を手渡された。
 連絡もなしに家に押し掛けても嫌な顔一つすることない。
 不機嫌で八つ当たりに喚いたり椅子を蹴ったりすると、
 何か珍しいものを眺めるような目でただぽかんとしているだけ。

 この反応の理由はどちらか。

 彼女が人間じゃないのか。
 それとも

 彼女が 目の前にいる自分を 人間だと思っていないのか。



「大丈夫?こんな時間に押し掛けて」
「えぇ、大丈夫ですよ」
 普段見せる明るい笑顔を浮かべて、ひよのが頷く。

「何時まで大丈夫なん?」
 言って火澄は苦笑した。


 自分から合鍵を請求しておいて。
 連絡も約束もなく家に上がり込んだりしていながら、
 様子を伺いながら『どうか拒否しないで欲しい』と思っている自分がいる。
 だから自嘲して笑ってしまうのだ。
 
 だが火澄のそんな思いも知ってか知らずか、ひよのは変わらない調子で
「いたいだけ いてください」
 と笑顔で答える。

 これが常。


 いつだって彼女は 自分を自由にさせてくれる。


 はじめは優しいと思った。
 自分にとってとてつもなく 居心地が良くて
 自分を縛り付けて傷つけたりしない 聖域のような場所だと
 思っていたのだけど。


 いつからだろう。




 ただ甘やかされているだけの今の状況に不満を持つようになったのは。



 彼女の都合を何も考えずに家に居座っても。
 とりあえず可能であろう範疇ギリギリの 「欲しいモノ」を請求しても。
 彼女は何も拒まない。

「いいですよ。 火澄さんがそうしたいなら」

 大体そう言って笑う。
 そしてこの場の全てが終わるのだ。

 試す気もないが、この分だと殴らせてくれ、と言ってもきっと笑顔でいいですよ、などと言ってきそうだ。






「何で俺がこんなにあんたに対してワガママなんか、知ってる?」

 いつだったか。
 そう尋ねると、ひよのはきょとんとして答えた。

「火澄さんが、そういう方だからじゃないんですか?」


 そして、ああ、やはりなにも伝わってはいないのだ、と絶望に打ちひしがれて。




 自分がそういう人間だから?
 自分が我侭で自己中心的な人間だから、彼女にとってそんな横暴な態度をとっていると?
 実際そう思われても仕方ないほど彼女をいいように扱ってきたけど。

 違う。

 そんな風に感じて欲しいわけじゃない。
 そんな風に感じても良いけど。

 もっと奥まで見て。
 自分を疑って、言葉や行動 その裏を読んで

 もっと深いところまで来て欲しい。



「違う。 もっと考えてや。 俺が何であんたにこんなことするか」

 言えば何でも言う通りにしてくれるくせに。
 こればっかりは分かってくれない。


 噛み締めるように言う火澄の言葉に、ひよのは戸惑ったように首を傾げた。

「そう言われましても…
 何か理由があるなら、ちゃんと言葉にして言ってくださいよ」

 じゃなきゃ伝わりません。

 そう付け加えて、様子を伺うように顔を覗き込んでくる。


 傷ついていないか心配なのか。
 優しい人だから。


 何も分かってはくれないけれど
 優しい人だから。






 いたいだけいてもいいと言う。
 泣きたいだけ泣いてもいいと言う。
 怒りたいだけ怒っても。
 求めるだけ求めても。

 何をしても、
 好きなようにしてもいいと言う。




 どうして?



 どうして


 一線を引いた隣の部屋に押し込めるようなことを言う?





 訊きたいのは
 相手がどうしたいのか、
 自分がこうすることで相手がどう思うか、
 それを知りたいだけなのに。



 必要なのは許可じゃない。


 感想。意見。感情。
 必要なのは許可じゃない。



 ねぇ。 構って。

 許してばかりいないで、


 ちゃんと構って。


 嫌いでもうざくても憎んでもいいから。
 放っとかないで。


 寂しいから。




 溢れそうな想いを、それでも一言も言葉にすることもできずにまた奥に押し込む。
 そんなことをしても 相手は一向に覗きに来てはくれないのに。

 そんなことを考えて俯く火澄に、ひよのは穏やかに言った。



「火澄さん、どうして私がいつもあなたの言うことを全部聞き届けてるか わかりますか?」
「……?」



 わからないから、
 わからないと答えるしかなかった。

「何? ちゃんとした理由でもあるん?」
「えぇ…ありますよ」
「何なん?」
「言わないとわかりませんか?」
「…………」
「そういうことなんですよ」



 あぁ
 分かって欲しいばかりじゃ
 相手のことは何も分からない。



「…せめて言葉になれば。
 言葉として 声として
 この耳から入って胸に届くんでしょうけど」

 
 どうしてそんな原始的なことすらも省略する
 夢のような何かを望んでしまうんだろう。


 彼女は大体そんな意味のことを言った。

 言ってふわりと火澄の肩に頭を乗せて、静かに息を吐いて。


「……」


 これは?
 どんな意味に取ったらいい?



「言葉にしないと届かない想いって、言葉にしたら伝わるんですか?
 言葉にした途端安っぽくならないかが心配なんです、私は」
「でも…届かんかったらただ頭の中で腐っていくだけのこともあるやろ」
「だから 自分から言葉にもせず 相手に届く方法を望んじゃうんですねぇ。
 相手が自分の心を読んでくれるように って」
「………なるほどなー」



 言葉にしていないわけじゃない。
 伝えたくないわけじゃない。

 何らかの形で表現して
 相手に届いて欲しいのに
 それが完全な形で届いていることは たぶんない。






「お下げさん、今日飯食べに行ってもええ?」
「えぇ良いですよ、来たいなら」




 それでも気持ちは止められないから。
 煙に巻くように
 お茶を濁すように
 色を変え 形を変え あるいは隠しながら

 何らかの形で 発信することは止められない。
 どんなに 相手からの気持ちの受信に失敗しても。














   終








すっごい中途半端な感じがする…;
かなりとりとめもない話だからなぁ;

3周年企画でいただいたお題は「夜に吹いたシャボン玉 昼に燃やした花火」(螺旋文)でしたー。
自分的テーマは
「無意味ではない」「わざとのように見え難くしてしまう」「惨めで切なくて崇高」
にしたつもり。
なんかスランプなのか物凄く文章が書けなかった…(T_T)
ちなみに今回はこんな感じの性格でいってみたけど、
ひよひよは通常人以上に他人の感情読むのに長けていると思いマス。

素敵なお題ありがとうございましたー!(*´∇`*)


05/03/03


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