思い込みを捨てても 期待なら止められそうにない どんなに裏切られると分かっていても 「大丈夫?」 「大丈夫ですよ〜これくらい。でも痛いです」 右手の人差し指、その先に絆創膏を巻きながらひよのが顔をしかめた。 がしゃん、と派手な音を立てて落ちて割れた花瓶。その破片を片付けようと無用心に手を出して指先を切ったのがついさっきのこと。 負傷したひよのに替わり、ちりとりと箒を手に花瓶の破片を片付けながらカノンが苦笑した。 「易々とナイフで自分の腕切り裂いちゃうような子の台詞じゃないな」 「うるさいですよ」 あのときはあのとき、今は今です、とぷうと頬を膨らませてひよのがカノンを睨みつける。 「お気に入りの花瓶だったのに…」 「割れるし、指は切るし散々だね」 「本当ですよ…壊れやすい上に、壊れてその後始末しようとする人を傷つけるなんて」 「……」 「カノンさんみたいですね」 「………………」 「いじわる言ってみました」 「本当だよ」 人の悪い笑みを浮かべるひよのに、カノンが感情の読めない顔で首を振った。 「良いじゃないですか。だから守りたくなるんですよ」 だから、愛おしく思えるんですよ。 壊れないように優しく抱くのも、いっそ壊してしまうほど強く抱きしめたくなるのも。 壊れやすいから だから。 そんなことを言って静かな笑みを浮かべる。 いつもとは少し違う、相手が笑みを浮かべることを目的としていない、自分のための笑み。 皮肉だとか嫌味だとか、そんなことを言うつもりはなく、それを口に出すことで自分に言い聞かせて納得するかのような言葉。 彼女の言葉を使うと「いじわる」になるのだろうか。 他の人間には全く向けない、生温い棘を持った言葉を、ひよのはカノンには遠慮なく向けてくるのだけど。 それと同じくらい向けられてくる優しさの温度も、たぶん他の人間には向けられていないほど暖かいものだと思う。 後悔も自己嫌悪も何度したか知れない。 固まったと思っていた結論が何度底から揺るがされたか知れない。 彼女の言葉を聞く度に。 そんなことを考えながら、カノンは小さく嘆息した。 「そうだね、僕はキミに何度も守られてきた」 救うとか癒すだとか、どの言葉を当てはめれば正しい答えになるのかは分からないけれど。 「確かにキミがいて、だからこそ僕がいると思えるなら…キミに守られてることになるんだよね」 「……カノンさんて………」 「?なに」 「…いえ、何でもありません」 きょとんと覗き込んでくるカノンの瞳に、何も言えずに苦笑する。 普段ならひよのが『何でもない』そう言えばそのままその話題は終わってしまうのだが。 いつに無く何か言いたげなひよのに、カノンが身を乗り出した。 「言いたいことがあるなら言ってよ」 「………そうですか? でも、」 「言ったら僕が傷付きそうだから躊躇ってるの?」 「…たぶん、嫌いなものの話だから言いたくないんです」 嫌い、そう言えばそのまま否定することになってしまいそうだから。 眉間に皺を寄せて、少し苦い顔をしながらひよのが言う。 無理やり言わされてるわけではないのだけど。『言いたいことがあるなら言って』その言葉に応じるのだから。言いたいことのはずだけど。 言いたいことが言い難いことである・というのは、とても多くある。 けれど言葉の難しさよりも、それを吐き出したい思いの方が少しだけ上回ってひよのはゆっくり口を開いた。 「本当は、壊れやすいものなんか大嫌いです」 「だって疲れてしまうじゃないですか」 「……………」 言葉だとか、涙だとか。 この身体を、皮膚を1ミリでも離れ溢れてしまったものは影響を及ぼすから。 或いは何も及ぼさないから。 「繊細で壊れやすいものなんか大嫌いです、面倒で」 あなたが嫌いです・とは言わない。 僕が嫌いなの・とも言わない。 ひよのは自分がカノンのことが嫌いだとは思わないから。 カノンはひよのが自分を嫌っているとは思っていないから。 「さっきの『カノンさんて、』の後には何が続くの?」 で?とおどけるように肩を竦めるカノンに、ひよのは苦笑して付け加えた。 「……『繊細ですよね』って」 繊細で壊れやすいものは疲れるから、面倒だから。 大嫌い。 そう思っているのにあなたが嫌いです・とは思わない。 「言葉の一つ一つをちゃんと覚えていて、それを受け止めて一人難しい顔をして、いちいち考えごとをして その結論にどんどん変わって行くんですから」 あなたは繊細で、壊れ易くて、面倒くさいです。 そう言ってばつが悪そうに笑うひよのに、カノンが不思議そうに首を傾げる。 「……珍しく褒められてるような感じがする」 「褒めてないですよ」 疲れるって言ったでしょう、と笑うひよのに、カノンもまた嬉しそうに笑った。 「だってこれからもずっと構ってくれそうな感じがした」 愛を感じた、と満足そうに独りごちてうんうんと頷く。 「ひよのさんは普段あんまり嫌いなものの話をしないから、そういうの聞くとどこか安心するよ」 「嫌いなものの特徴に自分とぴったり当て嵌まるものがあってもですか」 「まぁ僕自身が嫌いって言われたわけじゃないし」 何でもないことのようにカノンの言葉に、今日は普段と比べると珍しく『苦笑』の多いひよのが、今日何度目かの嬉しそうな笑顔を浮かべた。 そして一瞬ためらいながら、カノンの碧の瞳を見据えながらゆっくりと口を開く。 「でも、全く壊れない強すぎるものはもっと嫌いです」 その言葉にカノンはきょとんと目を丸くして。不思議そうに首を傾げた。 「ならキミは、自分が嫌いなの?」 彼にとって、ひよのの近くにある『全く壊れない強すぎるもの』はそれくらいだったから。 そんなカノンにひよのは困ったように「ええ」と言いながら首を横に振る。 ただ好きなものと嫌いなものがあって、それに当て嵌まるものが確かに自分に、相手にあるのに。 それでもその存在が嫌いだとは思わない。なんて複雑。 弱いものだとか強いものだとか、 壊れやすいものだとか壊れないものだとか癒されるものだとか癒えないものだとか どうにもならない過ぎ去った時間と その上に建造された多くの物事だとか あなたとか わたしとか 「大好きですよ」 憎くて憎くて仕方なくなるくらいに、愛おしいという意味で。 終 他にも伝えたいことがたくさんあったんだけど、それが書きたいという欲に結びつかなかったため今回は(も)撒き散らして終わり(´∀`) こういう会話が似合うところが、私のカノひよを好きな理由の一つかもしんない。 他のカプと違って、こういう選択肢とか理由とかを撒き散らすだけの「本当に取り留めのない会話」が普通に出来ちゃう感じがするんだよね。他のカプだと(私が書く場合ですが)必ずどちらか・あるいはどちらをも癒したり納得させたり傷つけたりとかそういう結論に結んでしまうんだよなー。 08/04/12 *閉じる* |