(2)

 翌日、俺は普段通りに登校し普段通りに授業を受けた。昼休みになれば弁当を持って新聞部室へと向かうが、昨日のことを思い出してもしかすると部室は使用中かもしれないとふと思う。
 昨日では、あの部長は埒が開かなかった立野夏子の相談に改めて乗るために場所と時間を用意すると言っていた。普通なら昼休みか放課後だろう。そして相談するのに(あの快適な)部室以外を利用する理由はない。と俺は思うだけだからこれは推理ではないが。
 ならばもしかすると、今俺が部室に行った所で部室は閉め切られているかもしれない。だが、俺が一ヶ月前からずっと昼休みは部室を利用していたことから、その点をあの部長が汲み取って部室を空けている可能性は無くはないと思う。あいつが俺になぜそこまでしてやる義理が、とは思うが頭の片隅で本気でそう思ったことは事実だ。片隅でというよりも俺はなぜかしっかりと確信していた。俺が今そこへ向かえば部室は開いている。

 なぜ俺がそんな馬鹿げているとも言えるほどの確信を持っていたかは知れない。俺は新聞部長を相当に都合の良いように、そしてあの部室を相当に都合の良いように解釈していたのだろう。他人に対して「これはこういうとき、こうである」なんて確信を持ったことなんて一度もない。だからこれは初めてのことだ。俺が行けば新聞部室はいつでも開いていて俺を迎え入れるし、そしてその環境を機能させるために部長であるあいつは多少の努力と尽力をしてくれる。
 馬鹿げてはいるものの、そこまで確信しているのもなかなかに凄いことだと思う。客観的にも主観的にも。俺は何考えてるんだ大丈夫かオイ、と自分に問い掛けないでもない。だが俺は勝手にも確信していたのだから仕方無い。そう、勝手にも。憐れにも。
 そんなんだから、部室に着いてそのドアノブを捻ったとき、頑なにドアが閉じられていたときにはそれなりにショックだった。

 なぜか少し緊張を感じながらドアノブに手を掛け、普段ならばくるっと半回転するはずのそれが。1センチも回らずにチッ、と硬質な音を立てて止まったときには俺は少しだけ愕然とした。
 何に一番愕然としたかというと、自分の思考にだ。拒絶。ドアが開かなかった、それだけのことで俺はこの部室から拒絶されたという感想を一瞬でも抱いてしまったのだ。
 今までだって部室が閉まっていたことは度々あった。昨日だってそうだった。だが俺は先程、『今俺が行けば部室は開いている』などと確信を持っていただけにショックだった。俺が何かに確信を持つなんて無いのに。今後一切無いかもしれないのに。だから俺にそんな確信を抱かせるなんて滅多なことなのにオマエはそんな俺を裏切るのか。ドアを恨めしげに睨みつけるが当然、びくともしない。
 人気のない静まり返った廊下、閉ざされた部室の前で一人、弁当を持って突っ立っている俺は人の目にどんな風に映るだろう。人の目なんかどうでもいいが、悪いことをして家を閉め出された子どもをアララ可哀相、なんて他人事のように眺めている気分だ。
 部室の中に人の気配はない。だからこの中で話し合っているわけではないのだろう。部室を使っているために、大事な相談をしているがために閉め切っているのならまだ解る。だが他の場所へ行くために留守にするなんて。今までは留守にするならば何らかの方法でそれを俺に伝えていたはずなのに。だから俺は今までこんな風に阿呆のように開くか開かないかもわからない(たぶん開かない)ドアの前で一人弁当持って突っ立っていたことがない。
 俺は見事に「普段通り」を崩されてしまった。部室が開いてないなんて予想外。待ってせいぜい数分、部長が小走りで近寄ってきて部室を開けないなんて予想外。俺がこの居心地の良い部室に入りたいと思ったときに入れないなんて予想外。正直俺は困惑と言うより腹が立っていた。当然、俺のこの普段通りの連続した部室ライフを奪った張本人に。他人に腹を立てるなんて面倒臭いだけだと思っている俺が二日連続で腹を立てている。同じ人間に。これは由々しき事態だ。
 俺は部室に入るときにはノックはしない。ドアノブを捻ればすぐに開く、というのが常だったし、ノックもせずに部長にたしなめられるのもまた常だった。俺は息を吸って、吐いて、また吸って。中に誰もいないなんてことは解っているのに、息を止めてドアを初めてノックした。コンコンコン。虚しいくらいに軽い音が空洞の部屋と廊下に響く。誰もいないことなんか解ってるので返事を待ちはしない。俺は弁当の袋を持ち直して、この部室に出入りする前に昼休みをよく過ごしていた屋上へと向かった。

 帰りのホームルームが終わり、生徒達が各々部活動の準備をしたりぞろぞろと普段の帰宅メンバー同士自然と固まるのを眺めながら、俺は新聞部室に行こうかどうか少しだけ考えた。考えてみたら、昼休みと放課後、一日を通して一度もあの部室に赴かなかったことはこの一ヶ月で無かったことに気付く。放課後は大体週3くらいのペースだったが、昼はほとんど毎日。昼休みか放課後、どちらかは必ず部室に寄っていた。寄る、というよりは俺は俺のくつろげる場所ならあの部室が最適だと理解していた、思考より先に。なぜそうなのかは解らない。あの部室に何があるのか。あるいは無いのか。俺の頭をあの新聞部長の言葉が過ぎる。『鳴海さん、そんなにここが居心地が良いんですね』 ――そう言ったあいつの声と、穏やかに笑う表情と。
 あいつの言葉と表情、つまりあいつがあの顔であの言葉をあの声で投げ掛けていた映像が俺の頭に過ぎるのとほぼ同時に、さっきの昼休み、開かずの新聞部室のドアの前で一人弁当持って突っ立っていた俺自身の姿が思い浮かんだ。俺はあのとき何を考えていたのか忘れてしまった。あの後向かった屋上で何を思っていたのか忘れてしまった。あるいは何か感じたのか。考えるのは面倒だった。考えるのが面倒、そう思ったとき、俺は同時に今日は新聞部室に行かないことをぼんやりと決めた。なんだかこんなに面倒臭い思いをするのは初めてのような気がする。

 いつでも何でもお見通し、という顔ではあるが。帰りは(帰りも、ではない)部室に行かないという俺の選択肢は、あの新聞部長にはお見通しだったようだ。俺は教室から出て真っ直ぐに玄関を抜けてグラウンドの脇を通り、花壇を横切って校門を抜けた途端、そこに待ち構えていたように現れて俺の正面で仁王立ちする結崎ひよのに出くわす。
「やっぱり今日はすぐ帰ると思いましたよ〜、鳴海さん」
 なんだかとてもご機嫌顔で部長がのたまう。何が『やっぱり』なのか俺には皆目見当もつかない。だが俺が真っ直ぐ帰ることを『やっぱり』と言うのであればこいつは俺のこの選択の理由を知っているということになる。それがこいつの勘違いなら俺はむかつくんだろう。だが見透かされていたなら見透かされていたで大層腹が立つんだろう。そもそも感覚によって今日はすぐに家に帰る、と決め、なぜそう思うかの理由を考えるのが面倒で放棄したばかりだと言うのに。帰り際の俺を捕まえてしたり顔のこいつにその理由を並べ立てられるのはあまり面白くない。
「……」
 結局何を返すのも面倒なので、そのままあいつの前を横切ろうとすると、「む、無視ですか」慌てて小走りで俺の横に並んで歩き始める。そして前をただ見ている俺の顔を覗き込むように、ぺこりと頭を下げた。
「今日のお昼はすみませんでした」
「……何が」
「何も言わずに部室を空けてしまって。何らかの方法でお知らせすれば良かったんですが」
 つらつらと述べるこいつの顔が全くすまないという顔でないのは、俺に対して部室を常に開けていたり、空けるならばそれなりの連絡をするのがこいつにとってちっとも義務ではないからだろう。それをこいつは当たり前だがちゃんと知っている。そしてそれを俺も当たり前だがちゃんと知っている。
「別に」
「部室、いらっしゃらないんですか」
「今日は帰る」
「そうですか。それじゃあ私も一緒に帰ります」
「部活はどうした」
「まぁ、そんな毎日活動しなければならないものでもないんで」
 そう、それは知っていた。部員の人数からしても、ただ一人の部員である部長の性質からしても。毎日毎日活動してる部じゃない。ただこいつにとって活動はともかく、せめて部室を毎日昼と放課後、開けていなければならないかのような理由があっただけだ。俺のせいでこいつに要らない義務が発生したかと言われれば何とも言えないが、少なくとも俺はそれを強要どころか願い出たこともない。こいつが勝手に、ただ毎日フラリとやって来る俺を笑顔で迎え入れ、時々留守にするときは逐一それを何らかの方法で示してくれたり、俺が快適だと思える環境をこの一ヶ月欠かさず整えていたというのが事実。
 だから俺はこいつのこの言葉に特に反応せず、ただ歩くペースを少しだけ緩めた。それだけでこいつは俺が一緒に帰る、というのを承諾したと受け取る。俺はいつの間にかこいつが俺に付き纏うことを、俺の後ろから駆け寄ってきて俺と同じペースで俺の横を歩くことを、拒否も深読みもせずにただ受け入れるようになっていた。
 これまでも帰り路を一緒に歩くことは何度かあった。何度もあった。
 大抵、無言で歩く俺の横をこいつが飽きもせずペラペラと何か取り止めもないことを喋りまくりながら右足と左足を忙しなく交互に出し、俺はそれを時々無視したり時々生返事を返したり本当に時々こいつやこいつの言葉に対して何らかの感想を持ったりして、いつの間にか別れ道まで来ているというのがいつものパターン。そして今回もそうなのだろうと思う。だが今回は俺の『常』を昨日破られていてそれは今も続いているから、たぶん今日の帰り路も普段通りというわけにはいかないのだろうという気もした。
「どうして鳴海さんがすぐに帰ると分かったか、訊かないんですか?」
「面倒臭い」
 別に嘘をつく理由もないが、それは本当だった。本当に面倒臭かった。
「どうして昼休み、留守にしていたか訊かないんですか?」
「それも面倒だな」
「じゃあ、何か気になることはないですか?」
「別に、思いつかない」
 これについては半分本当で半分嘘だった。俺は今日の昼休みから(正確には昨日の放課後から)考えたり感じたりしていた色々なことに対して、答えが欲しいのか要らないのか自分でも解らなかったからだ。何か訊いたところで、それに返答を得たところで俺のこの訳の解らない感覚がどう変化するのか解らない。霧が晴れるとでも言うのか。ああ良かったと安堵するのだろうか。安堵するには何か心配していることが前提となるだろう。俺は何か心配しているのか?晴れた気分じゃないから何か不満だったり不安だったりを感じているのかも知れない。でも俺は自分の中のそういう感覚と碌に向き合ってきたことが無いのでとりあえず考えるのは遠慮したい。気になることならあるのだろう。昨日からこんなに気が晴れないのだから。だがなぜ気が晴れないのかを知らない以上、俺はこいつに対して何を問い何を得たいのか知れない。そして俺が求めているものが何なのか、それをこいつと突き止めたいという気は当然ない。だから、思いつかない。思いもよらない。つまり面倒臭い。
 自分を見向きもせずに返す俺に特に不満げな様子もなく、こいつはそうですか、と変わらないトーンで答えた。そして少し考えて、
「そうそう、昨日相談に来た立野夏子さんですけどね」
 そんなことを切り出した。俺が何も問わない内に。俺は今その名前を聞きたくなかった。なぜかと言うと俺の一ヶ月でつくり上げられた快適な場所を、変わらない『常』その連続性を破ったのがその立野夏子の新聞部室来訪によってからだから。とんでもない逆恨みという気はしないでもない。昨日からめっきり失われている俺の思考の論理。
 だが俺のそんな思いなど全く意に介さない様子で、こいつは続ける。
「ちょっと前はあんなにおどおどした方じゃなかったらしいんですよ。ああなってしまったことにはとても淡々とは語れないほどの事情がありまして…。 彼女、もんのっっ凄い好きな人がいらしてですね。それが初めて好きになった人で、告白してOKされてから付き合うこと4ヶ月、それはもう夢のような毎日でした」
 なぜ自分のことのように語るんだ。そう突っ込みたくなったが俺は黙っていた。
「…ですがある日。その彼が急によそよそしくなって、いつしか周りには彼が別の恋人を作ったんだという噂がポツポツと立ち始めて…」
 探偵でもないくせになぜそんな相談をこいつが受けるのだろう。そんなことをぼんやり考える。ある意味ゴシップが大好きな新聞部の人間になぜそのような相談を?俺の中で立野夏子という人間像がどんどん意味の解らない悪い方向に構築されて行く。しかしこいつはそんな俺を気にも留めず、ここで一旦言葉を切りふっと小さく嘆息して続けた。
「そしてその彼の新しい恋人っていうのが、なんでも男性なんだそうで」
「………」
 チラと横を見やると、予想通り「面白い話なんですよー聞いてくださいよお」の顔だった。
「そしてその新しい恋人である男性っていうのが、立野さんの大親友の彼氏だったらしいんです」
「……で?どうして立野夏子はそんな深いプライバシーのある話をあんたにしたんだ?噂の発信源だろ新聞部ってのは」
「噂の発信源とは酷い言い方ですねー。…まぁ、彼女の大親友が河田さんと言うんですが、その河田さんがなかなか大胆な性格のようで。大憤慨して、その二人を月臣のホモカップル!と言いふらそうと新聞部にやって来たらやんわりと無視して欲しい、という相談だったんですよ」
「…………」
 こいつはもう既に守秘義務というものに反していることに気付いていないのか。しかもどう見たって面白半分の顔だ。その河田という女がいつこいつに『情報提供』しに来るかは知れないがこいつにとっては立野から話を聞いた時点で「良いこと聞きました♪」であり、既に俺という部外者に話を漏らしている。噂の発信源、がどう酷い言い方なのかが解らない。
「初恋で初めて付き合った人、っていうのもあって、彼女…立野さん。非常にショックを受けてらして、今かるい男性恐怖症なんだそうです」
「…………」
「昨日あんなにもじもじして話が出来なかったのは、部室に鳴海さんがいらっしゃったからなんですねえ」
「……じゃあ、相談人が来ることを『俺のせい』ってあんたが言ったのは矛盾してるじゃないか」
「いいえ?言ったでしょう?新聞部に何かの依頼をしに来る人は、大体鳴海さんの探偵っぷりを半端に見聞きした人達なんですって」
「…」
「探偵といえば、浮気調査でしょう?」
 実に楽しそうな顔。俺は少しだけ眩暈がした。
「立野さんも、まだ彼のこと疑ってるんですよ。本当に本気で男性と、しかも友達の彼氏と付き合ってるのかって」
「…まさか立野夏子は、昨日 俺に…依頼に来てたってのか?」
「ええ。月臣ホモカップル疑惑の真相について」
「―――」
 今にも噴出さんばかりなのに無理やり真面目を装っている風のこいつの顔。俺は呆れて良いのかそれとも怒れば良いのか、感情の指針をどこに向ければ良いのか解らずにとりあえず少しの間放心する。
 俺にとっては予想外とかじゃなく、全く心外だった。俺は確かに一ヶ月前、警察すら介入してくるような学園の事件を解決することが出来た。しかしそれは俺自身に犯人の嫌疑が掛かっていたからだ。探偵を気取るつもりなんか微塵も無い。あの事件だって、俺以外の誰かが容疑者だったならまるで興味も示さなかっただろう。普段と同じように授業を受けて、時々サボって、昼休みになれば屋上で昼飯を食べ、放課後になれば音楽室でピアノを弾いて家に帰る、それだけの連続。難儀を抱えた他人の悩みを聞いたり、それを解決するべく相談役を受けるなんて俺にはそんなつもりは毛頭無い。
 そう、考えてみれば俺の『常』は、少し前まで新聞部室なんか微塵にも絡んでは来なかった。部室でくつろぐことなど、俺にとって『常』でもなんでもない。一ヶ月前にこいつと出会い、犯人扱いされ(そう、こいつに煽られたんだ) そして解決に導いた。それから俺の日常の『普段通り』は変わった。その変化を俺はどう感じていたのだろう。新聞部室に出入りし、その主である新聞部長に付き纏われることになり、ガラリと変わった俺の普段通りは、それでも俺はその前の普段通りを取り戻そうとは思わなかった。連続性が破られたことに、破った張本人である結崎ひよのに、腹を立てたりはしなかったし、自分のことながら 俺もその変化に加担したと言えるのだ。そして立野夏子によってもたらされたこの変化なら、俺は望んでいない。
「調査ならあんたの専門分野だと思うが…、とりあえず今回、何がどうなれば解決なんだ?」
 立野夏子の『相談』や『依頼』に応えようという気は全く無いが、こいつの話を聞いて少しだけ気になったことを口に出してみる。
 今回の件、立野の恋人が別の男、しかも親友の恋人と浮気しているという疑惑。初恋の男をとられて男恐怖症になるくらいショックを受けている立野夏子。初恋の相手が他の人間のものになってしまうという気持ちは、悔しいが解る。解るというか、似た気持ちを俺は知っている。だが同情する気は無いし、そもそもなんでそれを俺に、そしてこの新聞部長に相談するのかが解らないのだ。友人である河田が大事にしようとしていたら止めて欲しい、という伏線だけでなくその真相についてまで知りたいだなんて。それが真実ならばどうだと言うんだ?それが真実でないならばどうだと言うんだ?
 渦を巻く俺の思考を、苦笑しながらこいつが遮ってきた。
「彼女が鳴海さんにお願いしたいのは、問題の解決じゃないですよ。真相を知りたいということですよ」
「……」
 その言葉に少し、目からウロコが落ちたような気になる。問題の解決を望んでいるんじゃなくて、ただ真相を知りたいだけ?
「どうして」
「どうしてって……確かめたいんでしょう、本当のことを」
「……………」
 タシカメタインデショウ、ホントウノコトヲ。
 当たり前のように言うこいつの言葉の意味を呑み込むのに俺は結構な時間を要した。
 真実を、本当のことを。知るだけで良いのか。本当のことを知ったとして。その本当のことが、自分の初恋の恋人が別の、あろうことか友達の男と出来てたとして。破綻が確実になるだけ。もし本当のことじゃなかったとして。ああ良かった、で終われるのか?どう結果を掴んでも笑顔ではいられないだろう。俺が同じ部屋にいただけで碌に言葉を話せなくなる、それくらいの後遺症を抱えるくらい悩んでいながら、それでもなお 知りたいと思うのか。
 目の前でじっと俺が縦横どの方向に首を振るか待っているこいつにも解っているだろうが、今回俺に出来ることなど無い。調査の類ならばこの新聞部長の得意分野にして専門分野、もとい専売特許だ。これまでの事件の解決も、皆中途半端に俺が探偵のように解決してきたと見聞きしているようだが、こいつの情報網・調査能力あってのものだということは揺るぎないのだ。今回の件も、俺は立野夏子に対し似たような想いはあったとしても同情もなければ共感などとんでもない。自分と、相手の人間の心の向く先の真実を知りたいなど。訳の解らない不安や不満、霧の掛かった読めない曖昧な感情、そんなものは全て面倒で放棄してきた俺に共感などある筈がない、のだが。
 俺の中で立野夏子という人間像がどんどん意味の解らない方向に構築されて行く。しかしそれはさっきみたいに悪いようにばかりではなかった。









   続





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07/12/13


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