一番好きな音で、空気
 それはあなたが持っている
 言うなれば それはあなた自身
 あなたと居たい理由
 私の求める幸せを冠すあなたに












             双眸のトワイライト












 ふと覗いた窓の外。
 久しぶりに晴れた日の夕方は、空がひどく綺麗だった。

 紫からピンク、紅のグラデーションのキャンバスに、放射状に伸びる金色の陽の光。
 そんな夕暮れの空に、グラウンドの部活生達の歓声が吸い込まれて行く。

「わあ、すっごく綺麗ですねぇ」
 書類をホチキスで留めながら、ひよのが感嘆の声を上げた。
 思わず書類を手から放し、とたとたと窓際に走り寄る。
 その声と足音に反応したように、歩は窓を見やった。
「………」
 逆光が眩しくてよく見えない。
 細めた目の上に手を翳すと、狭まった視界がフレームとなって景色を縁取った。
 水色、薄紫からピンク、紅と滲んで行くグラデーション、そして伸びてくる斜陽の金色。
 その真ん中から少し右寄りの場所に、窓の外を覗き込むように立っているひよの。
 爽やかに入り込んでくる風は、春過ぎとはいえ少し冷たかった。
 けれどその風に押されてふわりと揺れるひよののお下げは、髪の一本一本が金の糸のようで。


「…本当に、綺麗だな」

「…!?」
 しみじみと言った歩の言葉に、ひよのが驚いてばっと振り向いた。
「…なんだ」
「鳴海さんの口から『綺麗』なんて言葉が飛び出すとは思いませんでした」
「………」
 正直にのたまうひよのにジト目を送りながら、「俺だって綺麗って言葉くらい知ってる」と歩が肩を竦める。
「だって夕暮れの空が綺麗なんて、至極まともな感性を鳴海さんから感じれるなんて」
「あんたどこまで失敬なんだ」
 嘆息混じりの歩の言葉に、ひよのがけらけらと笑った。

 夕暮れは秒速の単位で進む。
 水色掛かったピンクは瞬く間に暗い紫に変わり、突き刺すような陽の光も厚い雲が遮り始めた。
「もうこんな時間。 やっぱり春も過ぎると日が長くなりますね」
 言いながらも、ひよのは尚も窓の外を眺めている。
「綺麗でしたね」
「ああ」
「明日も晴れて、綺麗な夕暮れだといいですね」
「ああ」
「………」
「どうした?」
 自分で振っておいて、どこか不満そうなひよのの顔に、歩が苦笑した。
「だって鳴海さんがこんな「綺麗」を連発するなんて」
「連発してるのはあんただろ」
「いーえ、それを肯定するのもまた不思議なんですよねぇ」
 うーんと首を傾げるひよのに、「別に不思議じゃないさ」歩が喉の奥で笑う。
「綺麗だな・って いつも思うものがあるよ」
「エェ!何にですか一体!?」
 歩の言葉に、ひよのが大袈裟なほどぎょっと目を丸くした。
「…………」
「…………え…?」
 ひよのの問いには反応せず、ただ歩は口元に笑みを浮かべてじっとひよのを見据える。
「………」
「…あのー、鳴海さん…?」
 なんとも居心地の悪い無言の注視に、ひよのが苦笑して首を傾げた。
「何だと思う?」
「え?」
「俺が…綺麗に思ってる、もの」
「………………」

 歩の綺麗に思うもの、それが何かが分かったわけではないけれど。
 歩がじっと逸らさずに見つめる視線が、そしてその声がいつになく優しくて。
 自分の顔が熱くなるのを感じながら、ひよのは慌てて目を逸らした。












   終











"二人ずつに時よ止まれ 永遠に"
by MONGOL800

07/04/18


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