君がいる世界を信じる強さよりも君にふれる温もりを。











     +蹂躙する光のうた+










 深い闇の中でずっと足掻き続ける夢を見ていた。
 それは決して夢ではなかったけれど、
 今でも自由になれたとは決して信じることは怖くてできないのだけれど。



 何も考えずに、光の暖かさを感じた。



 檻に閉じ込められていたという現実を拒み続けていたけれど、
 今でも認めたくはないのだけれど。


 今の状況は"解き放たれた"と表現するのが実に合っているようで。



 ただ、驚くほどに




 空の広さを知った。














「あら、先約ですか」

 屋上の手すりに凭れ、ぼんやりと空を見上げていたカノンの背中に、ひよのが声を掛けた。




「気が抜けたような顔をしてますねぇ」
 当たり前のように隣に立ち、同じように手すりを両手で掴む。

 その右腕は制服に隠れ、夥しい血を流したことも、その笑顔は覚えていないかのようで。


「…傷は、大丈夫?」
「えぇ、だいぶ。 でも、傷なら私よりカノンさんですよ」
「僕なら無傷だよ」
「私相手に何強がり言ってるんですか」
「?」

 首を傾げるカノンに、ひよのはくすりと微笑って。

「どうしてこんな所にいるんですか」


 行きたい場所が、
 戻りたい場所が、あるでしょう?


 そう言って笑顔のまま首を傾げてみせる。




 しかしカノンは首を振り、手すりを掴む両手の甲に額を乗せ、呟いた。

「今更どう戻れと言うんだ」


 戻れるわけはない。
 一度手離した居場所は、二度と手に入らない。


 それなりの覚悟を決めて離れたのだから。



「後戻りはきかないんですか? まったく、あなたが今生きていてどれだけの人が喜んでると思ってるんですか」
「そんな簡単なことじゃない」




 自分の決断が、そんなに簡単に取り戻せるものであったとも思いたくないし。



 でも、それが終わってしまった今。
 すべてを賭けて、すべてを手離して、あの場所へと行ったのだから。

 それに失敗すれば全てが消えてしまうのは当然だから。





「…ふむ、言ってることは分かりますが…」
 無言で顔を伏せたままのカノンの横で、ひよのも前を向いたまま頷いた。
 しかしその声は全く問題意識など持っている様子は無くて。

 見なくとも分かる。
 彼女が今、どれだけの笑顔を浮かべているか。


「この手に何も残っていないのに、これからどうしろと言うんだ」
「でも、あなたは全て失ってるわけじゃないですよ?」

 いつも通りの、訳知り顔で。
 すべてを分かっているとでも言うような口調で。



「生きてますよ? 皆さん…理緒さんも」





 思えば彼女はいつもそうだった。


 そして、







「人を信じることは容易いことではなく、誰かの手を掴むことは勇気が要ることです。 そして、一度離してしまった手を再び繋ぐことはもっと勇気がいることです」




 すべてを見透かしているかのように、
 正し過ぎる言葉で。
 この心を突き刺す。






「全て手離してしまったと言いましたが。 カノンさん、」



 手を繋ぎたい相手と。


 勇気を出して伸ばせばきっと届くだろう手と。






 その揺るぎ無い心と。







「それだけのものを持ってらっしゃいますよ。 生きていくのにそれ以上何が必要なんですか?」









 本当は知っている。



 自分から手を離してしまった"彼女"が、今でも自分を待ち続けていてくれているということ。

 走って行って手を伸ばせば、きっとその小さな手を迷わず差し出してくれるだろうことも。



 それでも、
 一度自分から離れてしまった場所には、戻ってはいけないような気がしていた。









 けれど、本当は。
 今まで築き上げてきた思い出があって、捨てきれるはずは無くて。
 これから築いていきたい日々があって、諦めきれるはずは無くて。







 どんなに悩んでも、迷っても。


 果てにある、辿り着く想いはとてもシンプルなもので。











 会いたい。

 傍にいたい。



 今すぐ。


 これからも。















 ゆっくりと息を吐き、顔を上げる。











 ―――あぁ、空が大きい。










「ひよのさん…これからもよろしく」
「今、あなたがいて嬉しいです」








 拒絶し続けた光がそこにはあって、
 それと手を繋ぎたいと初めて思った。
















 走って行く先に居るその人の最初の言葉はきっと、笑顔と共に。




『―――おかえり、カノンくん』









 さあ、手を繋ごう。

















 終









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りんごしゃんの9満打お祝いで贈らせていただきましたー。
りおっぺが全然出てこないカノりおをずっと書いてみたくて!
ひよのさんって人を応援するのが凄く上手なひとだと思うんですよ。
カノりおすれ違いスキ−な私ですが。(笑)
カノンが救われる…というかささやかでも幸せを感じる場所は理緒の隣であって欲しい。

ネット上でしか存じませんが言葉や態度や絵や文章、その全てで暖かい思いやりを感じるりんごしゃん。
への言い尽くせない感謝と愛を込めて!書かせていただきました…
へぼーで申し訳ありませんし図々しいですが、今までのカノりおの中で一番しっくりくる形となりました。



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