小さくて、とても大きな。


















  + l i e s z +


















「あぁあ…寒い!寒いですーー」
 勝手に震え出して止まらない身体に、がちがちとしきりに音を立てる歯。
 震える唇から洩れる息は白く、冬の空に昇って行く。


「40箱か……道は遠いですねぇ…」
 横の大机に積まれた正方形の箱を横目で見やり、ひよのは盛大なため息を吐いた。








 がやがやと人で賑わう夕方の商店街。
 ひよのが立っているテントにもポツポツとイルミネーションのライトが点灯している。
 そこを、コートのポケットに手を突っ込んで歩いている浅月が通り掛かった。

「ん?嬢ちゃんじゃねぇか。何やってんだ、こんなとこで」
「あ、浅月さん!良いところに〜!」

 ひよのがきらきらと目を輝かせ、祈るような仕草をする。
 その様子に何か恐ろしいことを言われそうな予感を感じ、浅月はうっ、と声を掛けてしまったことを後悔するのだった。


「てか、そのカッコから何なんだ?」
「何って、バイトですよ、バイト!ケーキ売りの」
 帽子に、上着からスカートまで真っ赤のサンタ服。 ひよのがくるりとその場を回って見せる。
「バイト!? 嬢ちゃんにバイトって何か似合わねぇなぁ…」
「パソコンのメモリを増設して、新しい録音マイクを買ったらクリスマスのお金がすっかり底をついてしまって…」
「それでクリスマスにバイトか? 大変だねぇこの寒いのに」

 他人事のように笑う浅月を、ひよのが恨めしそうに睨む。
「そうなんです! 寒いから早く切り上げたいのに、このケーキ今日中に40箱売らないと帰れないんですよ〜!」
「へぇ、そーか。 俺のためのプレゼント代を稼ぐために悪いなぁ嬢ちゃん!」
「どうして浅月さんのプレゼントなんですか」
「なぬ!? 俺のじゃないのか!?」
 大げさに驚いて見せる浅月に、ひよのが青筋を立てる。
「もう!何でも良いですから、浅月さんこのケーキ5箱ほど買ってください!!」
「なんで5箱も!いらねぇよそんなに!!」
「え!?じゃあ1箱なら買ってくれるんですか!?」
「あぁ、1箱くれーなら良いぜ」
「え!?」
 浅月の二つ返事、快諾にひよのが仰天する。
 その様子に苦笑し、「ケーキ買って来いってうるさくてよ。それで歩いてたんだ」と浅月が言う。
「何だぁ、それならそうと早く言ってくださいよ!もう!」
 ケーキの箱を渡し、代金を受け取りながら、ひよのがぷぅと頬を膨らませる。
「嬢ちゃんからかうと面白ぇからなぁ。 そんじゃ頑張れよ!」
「はい、ありがとうございました〜!」
 からからと笑う浅月に、ひよのもまた嬉しそうに手を振った。











「あ、理緒さん!」
「ひよのさん、どうしたんですかこんな所で! バイト?サンタ服可愛いです〜」
「えぇ。このケーキあと32箱も売らなきゃならなくて…」
「そうなんですか〜。 それじゃあたし1箱買います♪ ケーキはあたしが作る担当だったけど失敗しちゃって」
「カノンさんなら黒コゲでも食べてくださると思いますよ〜」
「全然焼けてなくて生なんですよ、それが!もう本当悔しいです…」
「でもそのお陰で私は大助かりです!ありがとうございます理緒さん、バイト代入りましたらプレゼント、ちゃんと持って行きますんで!」












「あ、まどかおねーさん!」
「あら、あなたは歩のお友達…。 どうしたの、バイト?」
「はい…このケーキあと26箱を売りさばかねば帰れないのです…」
「そうなの…買ってあげたいんだけど…」
「分かってますよ♪ お家にシェフがいらっしゃるんですから!愛情たっぷりのケーキは準備できてますよね!」
「そうなのよ。 ごめんね、がんばって!」
「はーい。 ていうか今度改めてご馳走に上がりますので♪」
「あらそうなの?プレゼント忘れないでね」












「あ、和田谷さん!」
「うぅわ…っ、君は…」
「なんですか最初の反応は」
「いや別に…。 バイトしてるの?」
「はい!和田谷さん5箱ほど買ってもらえません?あと20箱も残ってて…」
「ま、まさか脅しじゃ…」
「何言ってるんですか!そんなあくどいことしませんよ。 "切実にお願い"してるんです♪」
「…ひ、1箱なら今日買って帰るつもりだったから……」
「そうなんですか!わぁありがとうございます〜!助かります!」










「あ、ラザフォードさん! 今日もまた寒い格好で…どうしたんですか?」
「………ここで、バイトしてると聞いた」
「え、えぇ。 あと12箱売らなきゃ帰れないんですよ〜。 まぁ1箱は自分で買って帰るとして、あと11箱なんですが…」
「…11箱買おう」
「えぇえ!?ほ、本当ですか!?」
「あぁ…。 …ハウマッチ」
「はうまっち? あぁ、1箱2千円なんで、11箱で…2万2千円なんですが…大丈夫ですか?;」
「大丈夫じゃない……」
「!?」
「すまない、10箱分しか金が…」
「いえいえいえいえトンでもないですよ!!!っていうか10箱も買っちゃって本当に大丈夫なんですか!?」
「あぁ。10箱くれ」
「あ、ありがとうございます……お身体ご自愛ください…厚着して」
「あぁ…」












 夜も22時を回り、益々冷え込んでくる。
「あー…やっと売れました…ラザフォードさんやみなさんに感謝しないと」
 机をたたみ、最後の1箱である自分用のケーキを紙袋に入れる。
「あぁ、クリスマスプレゼント…みなさんにクリスマス過ぎてからお渡しすることになりますね…」

 しみじみと真っ黒な空を見上げる。
 雪も降らない、シンと冷え込む夜で、星も見えそうにない。

「あぁ、なんて寂しいクリスマス…」
 そう言って顔を戻すと。

 目の前に鳴海歩が立っている。

「うぅわ鳴海さん!?」
「な、なんだよ…」
「びっくりさせないでくださいよ!どうしたんですかこんな時間に…」

 コートを羽織り、大きな鞄を手に提げている歩をまじまじと見つめる。
「ケーキの売り娘してるって聞いてな。 1箱もらおうかと思って来たんだ」
「え!?これまたどうして鳴海さんがケーキを買うなんて…」
「別に良いだろ。 家にケーキが無いから買いに来たんだ」
「それなら私用にとっておいた1箱がありますけど…」
「じゃそれが欲しい。 良いか?」
「あ、はい! ありがとうございますー」
 笑顔で礼を述べ、2枚の千円札と交替で真っ白なケーキの箱を手渡した。

「鳴海さん、それじゃ宜しければ一緒に帰りませんか?」
 こっくりと頷く歩に、ひよのが嬉しそうに再び礼を言って準備し始める。
「今日大変だったんですよー。なんせこのケーキ40箱も売ったんですから!」
 ひよのを待ちながらゴソゴソと何かしている歩に、ひよのは気付かない様子で。
「でもラザフォードさんがいらして、10箱も買って行ってくださったんですよ!さすがお金持ちは違いますよね〜」











 ひよののバイト奮闘記を聞きながら並んで歩き、歩のマンションの前に着いた。
「それじゃあ鳴海さん、また来年会いましょうね!今日はありがとうございまし…」
 笑顔で会釈し、別れを述べるひよのの目が、歩が差し出してきた白い箱で止まった。

 その白い四角い箱は、先ほど自分が歩に売ったケーキの箱だ。
「え…払い戻し…ですか?」
 ひよのの言葉に歩は呆れた表情で、
「何言ってんだ。 …クリスマスプレゼントだよ」
「えぇ??だってそれ、さっき私が…」
「それじゃ開けてみろ」

 歩に促されるまま、箱の蓋を留めているセロテープを丁寧に剥がし、恐る恐る開けてみる。
「わぁ…」


 箱の中身は、やはり白い生クリームのケーキで。
 でも自分が売っていたケーキとは似ても似つかないもだった。
 雪が降ったような純白のふわりとしたクリームでデコレーションされていて、苺が上品に飾り付けられている。
 シンプルだがプロの手によって作られたような、本でしか見たことのないようなケーキだ。

「自分で言うのもなんだが会心の出来だ」
「すごい、すごいですよ鳴海さん〜!!ありがとうございます、すっごく嬉しいです!!でも鳴海さんやおねーさんは、ケーキは…」
「これがあるだろ」
 そう言って歩が鞄から出したのは、ひよのから買ったケーキの白い箱だ。

「…ご自分のお家用のケーキは無い、という意味だったんですか?」
「まぁな」
 しれっと答える歩。
 しかしすぐにひよのはぶんぶんと首を振り、

「いいえ!こんな素晴らしいケーキ私がいただいちゃって、楽しみにしてたおねーさんにこんな雲泥の差のケーキあげられませんよ〜!」
「それじゃ家で食ってけ」
「へ?」

 これまたサラリとのたまう歩。
 ひよのが間の抜けた声を出すと小さく笑って。


「寂しいクリスマスだったんだろ? あと30分は残ってるぞ」




 その言葉に、ひよのは心から嬉しそうに笑い、門をくぐるその背中に着いて行った。



 その笑顔はたぶん、クリスマス最上の。





















  終







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はい、クリスマス話でした。
こうりょう、カノりお、鳴ひよでCPは落ちつきます。(笑)
アイズファンさまにはもう謝罪の言葉もありません。寒ー(死)

では!読んでくださってありがとうございましたーv
メリークリスマス★
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