同じことばかりでも きっと微妙に違うから。


 同じだとしても きっとそれはそれで
 そんなに悪くはないはずだから。






  +学校へ行こう!+






「お見舞いに行きましょう、鳴海さん!」

「はあ?」



 どこにでも、一人はいるものだ。

 突然突拍子もないことを言い出して勝手に話を進める人間が。


 鳴海歩にとっては、この新聞部長が明らかにそれだった。







「まっ、待て。ちゃんと話を聞け」
 有無を言わさない様子で、自分の右手をぐいぐいと引っ張りながら歩いて行こうとするひよのを、歩が慌てて言い止める。

「何ですか鳴海さん」
「お見舞いって、一体誰を?俺が行く理由は?」

 そもそもなぜ、ひよのの私情であろう「お見舞い」とやらに、自分がついて行かなくてはならないのか。
 読書(料理雑誌)を邪魔された歩が眉を寄せた。




「浅月さんですよ。もう二週間も学校に来てらっしゃらないんです」

「……いや、そんなさも当然の理由だとでも言わんばかりの顔で言われてもな」

 ふぅと嘆息し、半目で訴える歩に、ひよのが大袈裟に驚いた振りをする。
「えぇ!?まさか鳴海さん、行かないつもりなんですか!!?」
「俺が行かなきゃならん理由がどこにあるんだよ」
「この部室で放課後常時一緒にお茶を飲みながら語り合うメンバーの一員じゃないですか!」
「何だそりゃ……」


 埒が明かないと思ったのか。
 歩はとりあえず、これが一番重要であろうということを言うことにした。

「二週間も学校来てないったって、あいつはそもそも楽しく学校毎日通ってます、って人間じゃないだろ」

 ただタルくてさぼってるだけに決まってる。
 …と。歩は主張したのだが。

「いぃえ!学生の本分は毎日登校です!理緒さんや亮子さんだって心配して今日お見舞いに行くってことになってるんですから!私達だって参加しなくては!」
「参加って、あんたなぁ・・・」
 拳を握って力説するひよのには、もう手を付けることはできない。

「私はこれから行ってきますが。いいですよ鳴海さん、どうしても行きたくないって仰るなら」
「…行かないなんて言ってないだろ」

 今度は自分が登校を拒否せざるを得ない状況になりかねない。

 そう本能で察知した歩は、渋々首を縦に振ったのだった。





「…そもそもあんた、浅月がどこに住んでるかなんて知ってんのか?」
「えぇ。理緒さん達にお聞きしました」
「嘘だろ」
「随分ひねくれちゃいましたねぇ、鳴海さん」



 そうこうと言い合いながら。歩くこと十数分、二人は浅月の住むマンションにと辿り着いたのだった。




「あ、ひよのさん、ついでに弟さんまで!」
 インターホンとほぼ同時に開けられたドアから、ひょっこりと理緒が顔を出す。
「…俺はついでか」
「どうもこんにちはです、理緒さん♪」
 半眼で訴える歩を無視し、ひよのと理緒が嬉しそうに笑顔で会釈し合う。

「何だよまた客か?…って、あぁ!?鳴海弟に嬢ちゃん……!?」

 リビングに通された二人の姿を確認した瞬間、浅月が驚愕の声を上げる。
「…よお」
「あ、浅月さん!?どうしてそんな元気そーにくつろいでらっしゃるんですか!?」
 ソファに座り、雑誌を膝の上に乗せてテレビに向かい合っている浅月の様子は、まさに「元気にくつろいでいる」以外の何にも見て取れなかった。
 ひよのの言葉に、浅月は「?」意味が分からないといった風に眉を寄せた。

「…もしかして、あんた、香介が病気か何かでずっと休んでたと思ってたんじゃ・・・?」
 キッチンからお茶を乗せたお盆を手に、亮子が訝しげな顔で出てくる。

「連れ戻そうとしても無理ですよー、こーすけ君は前からずっとさぼり魔だったんだから」
「そうそう。あたしらが言っても聞かないんだもんな」

「…………」
 ほら見ろ、と言わんばかりの目を向けてくる歩を無視し、ひよのが声を強くした。
「いいえ!無遅刻・無欠課・無欠席の皆勤賞を卒業式で表彰されることを目標に勉学に励むべき学生が、どうして元気なのに家にヒッキーしてらっしゃるんですか、と!私は言いたいんです!」
「……嬢ちゃん、あのなぁ……」
 浅月が突っ込もうとしたとき。


「私ばっかり学校に毎日登校していても、浅月さんが学校にいらっしゃらなかったら全然つまんないじゃないですかー…」


「!?」
 しゅーんとしたひよのの言葉に反応を示したのは歩と浅月だけで。

 浅月は、一瞬何を言われたか分からない、といった様子で。ひよのが発した言葉を脳内で処理するのに時間が掛かっているようだった。

 歩はというと。一体何言い出してんだあんたは!?とでも言いたげなぎょっとした顔をしてはいるものの、それを口に出すと、たぶん自分にとって不利な誤解を招いてしまいそうなので何も言わずにいた。


「……は?嬢ちゃん何言ってんだ…?」
 やっと頭を整理したのか、浅月がゆっくりと搾り出したような声を出す。
 するとひよのが困ったような顔で、

「…ですから、浅月さんがいらっしゃらない学校なんて、私が行く意味がないって言ってるんです」

「…………」


「…………」


「…………」


「…………」



 さぁ、浅月香介(17)、春の来訪か。



 ずっと黙ったままの浅月に焦れたのか、亮子が突っ込む。
「おい、香介!何か言うことがあるだろ!」
「あ、ああ……」

 明らかに動揺している浅月。
 しかしその次に口にした言葉は、まだ何やら自信を持ち切れないでいるような、そんな言葉。


「な、何言ってんだよ、嬢ちゃん。その言い振りだと、まるで俺に惚れてるみたいに聞こえるぜ……?」


 精一杯の様子で言い切った浅月のバックでは、理緒と亮子が「ああ、情けない…っ!」と言いたげに頭を抱えている。
 しかし。そんなものにも微動だにせず、ひよのは浅月に向かってにこりと笑って一言。
















「その通りですよ?」


























 桜満開、
 浅月香介(17)、ついに

 春 来訪。


























 それから。実に分かり易い人間が二人、新聞部室に出入りすることになっていて。


 一人は熱に浮かされたように、廊下を歩く足取りもタンゴのステップを踏みかねない春爛漫の者と。

 実にすべてが面白くない、前よりさらに人を寄せ付けないオーラがグレードアップした者と。






「ふぅ、最近すっかり暑くなってるねぇ」
「そうだねー、練習キツくなるでしょ、亮子ちゃん」
 いつも通り新聞部室に遊びに来ている(クーラーで涼むのが目的であろう)理緒と亮子。

 その机の向かい側でにこにこと楽しそうに二人の話に混じっているひよの。

 そしてその隣で、いまいち腑に落ちない表情の歩。
 とりあえず、ひよのが言った発言を、理緒と亮子の二人がなぜすんなりと聞き入れられたのかが不思議だった。
 女子同士の馴れ合いとは、男子から見れば凄まじいものがある。
 もしかすると、前もってひよのが二人に相談していたのかもしれない…。

「………………」
「どうしたんですか?鳴海さん、難しい顔して」
「あ、いや、別に…」
 急に不思議そうな顔で覗き込んできたひよのから、慌てて視線を逸らす。
 そんな様子を理緒や亮子が見逃しているはずがなく。

「あはは、弟さん、とりあえず安心して大丈夫ですよ」
「はぁ?何を…」
「いいって隠さなくて。先日のアレは―――」

 亮子が何かを言いかけたとき。

 かちゃ、と音を立て、部室の扉が開けられる。
「ふー、やっぱココはいつ来ても涼しいなー」
 手で顔をぱたぱたと仰ぎながら浅月が入室。


「ん?お前らもいたのかよ…」
 理緒や亮子、歩の姿を確認すると、浅月が煩そうに目を細めた。
「あんたよりずっと前からね」
 亮子がそう言うのを聞き流しながら、浅月が今にも鼻歌を歌い出しかねないような表情で、ひよのへと近づいて行く。


「嬢ちゃん、何してんだ?」
 ひよのは机の上に愛用のノートパソコンを広げていて。画面に目をむけながらも、浅月ににこりと微笑みかけて言う。
「ディスクの整理なんですけど―――と、浅月さん、ここの操作がですね…」

 分からないところを聞いてくるひよのに、不必要なほどの上機嫌顔で応える浅月。

 そんな二人を見ていて歩のテンションは下がっていく一方なのだが。
 理緒と亮子は、顔を見合わせ、「やれやれ」だか「まったく…」だか、呆れているんだかほくそ笑んでいるんだか、なかなか複雑な表情で笑い合っていて。


「ありがとうございます、さすがですねー」
 ひよののパソコン操作を手伝い、礼を述べられた後も、浅月はひよのの隣に立ち、じっとそれを見ていて。
「…………………」
 その幸せオーラ、二人の世界を見ていて歩の青筋が大量生産されそうになった時。



 その言葉は相変わらずのにこにこ顔のひよのの口から発せられた。























「あ、そうそう浅月さん! 立ってるついでにミルクティー買って来て戴けます?」























「…………な、」
 あまりのことに、歩が口をあんぐりと開ける。

 しかし。




「オッケー分かったぜ!霧の●茶でいいな?」
「あ、○後の紅茶がいいですー」
「そうか!嬢ちゃんは午●ティー派か!覚えとくぜ!」

「あ、こーすけ君、あたしセ○ビーね」
「あたしはウーロン茶」
「何でお前らの分まで!!」

 口々に注文を始めた理緒と亮子に、浅月が顔をしかめて抗議する。


 …いや、『嬢ちゃん』のパシリなら良いのか…?


 鳴海が額に汗を浮かべ、心の中で突っ込みを入れた。















「もしかして…あんた達……」

 浅月がダッシュで出て行く背中を見送った後、歩が振り返り、意味ありげに笑っている女子達三人に静かに問い掛けた。


「はい、ひよのさんにお願いしたんですよ」
「香介がガッコさぼり始めたらあたし達が何かと不便だからねぇ」

 さも当然、と言わんばかりに理緒と亮子がけたけたと笑っている。
 その傍でひよのは、
「少し悪いなぁっては思ったんですけどね…。鳴海さんも気をつけてくださいねv」



 人間不信に陥りそうなことを言われ、歩は何か返す言葉はないかと探してみたが、見つからなかった。

 哀れ浅月。とは大いに思うが。
 やったぜざまあみろ。と笑ってやりたい思いと少々ほっとした思いもあり、同情はしないことにした。
 何より本人は幸せそうなのだから。これで良いんだと思うことにするという。


















 終










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