あなたに逢えて知ったのは、
 その

 賢い 暖かさ。






  +ピティフル・クリア+






 ある晴れた日。
 新聞部室には、主であるひよのが一人パソコンで編集作業をしていて。

 そこに、思わぬ(?)来客。

「ちょっと、ひよのさん!!?」
「ぇわっ!・・・は、はい!?」

 ドアが開くと同時に、叫ぶように声を掛けられ、ひよのが驚いて振り返る。
 振り向いた先には、走ってきたのか、肩で息をしている理緒がいて。
 にこりと微笑みかけるひよのを、きっ!と睨んだ。




「ひよのさん、カノン君に会いに行ったりした?」
「いえ?」
 いきり立って質問する理緒に、ひよのがきょとん、と目を丸くして即答する。
 それは予想していなかったのか、理緒が拍子抜けしたように「へ?」と間の抜けた声を出した。

「一体どうしたんですか?どうして私がカノンさんに会いにだなんて?」
「今日、クラスの子が言ってたんですよ。転校生のカノン君と結崎さんが街で一緒にいるのを見た、って・・・」
「う〜ん、理緒さんの情報力もなかなかですねぇ」
「え?」
「いえいえこっちの話です。・・・ところで、もしそのカノンさんと一緒にいたのが私だとしたら、どうかしたんですか?」
 もしかしてやきもちですか〜?
 などと、お茶を出しながらにこやかに言うひよのに、理緒がぎょっとした表情で口をぱくぱくとさせる。
「なっ・・・なんで私が!!?あなたカノン君に会うっていうのが危険だってまだ分かってないんですか!?あたしは心配して・・・」

 『カノンは一般人は決して殺さないから大丈夫』というはた迷惑な思い込みを持たれては困るのだが、ひよのはそれほど頭は悪くない。
 むしろ狡猾、といってもいいほどの思考力と、敵であれば本当に注意すべき行動力を持っているだろう。と、理緒は思っている。

「あなたは浅はかな行動なんてとらないと思いますけど・・・・・・」
 はぁ、と理緒が溜め息混じりに言う。


 ハンターであるカノンに刺されたアイズが目覚めたのは、つい先日。

 これからは更に慎重な行動を求められ、浅月や亮子たちに呼びかけ、武器の配分をしたのもつい最近。

「物騒な状況・・・まったく、心労が絶えないですよ・・・・・・」
「大丈夫ですよ、皆さんの邪魔になるような行動はとるつもりありませんから」
「・・・その言い方・・・何か含みがありません?」
 にこにこと言い放つひよのを怪訝そうに見た後、理緒が苦笑する。












 会話が途切れ、しんとなった部室で、理緒が憂鬱な顔で嘆息した。





 事態は時間を追うごとに深刻化していって、
 仲間だっていつ誰が消えてもおかしくない状況。
 ・・・それは、自分でさえも。







「・・・・・・・・・あたし達・・・カノン君を止められるかなぁ・・・・・・」






 無意識にぽつりと呟いてしまい、はっと顔を上げると、向かいでひよのが目を丸くしている。


「あっ、ごめんなさい、関係ないひよのさんの前でこんな・・・」
 慌てて手を振り、お茶を飲む理緒を見て、ひよのがくすりと笑った。

「いえいえ。でも理緒さん、謝るならその弱気発言を、ですよ」
「え?」
「いつも浅月さんや亮子さんと、カノンさんを止めるということで頑張ってらっしゃるんでしょ?止められるかなぁ、なんて弱気なことではだめですよ!人生いつだってポジティヴシンキンです!」

 はつらつと言い放つひよのを呆然と見ていた理緒だが、やがておかしそうに笑って言った。

「言ってくれますねぇ」








 どうして、いつも 誰にでも。



 一番欲しいときに、


 一番欲しい言葉を。






 言ってくれるのだろう。






 甘えさせてくれるのだろう。









 誰でもがそうであるように、
 あなたにだって、どうしようもないくらい


 目の前が真っ暗で

 泣きたいくらい 苦しいことが



 あるだろうに。














「良いですね、その余裕。あたしも見習わなきゃ」
「それは・・・まぁ、私が無関係の人間だからじゃないですか?」
「あ、皮肉ですか?」
「だって事実でしょう?」
 そう掛け合いして、二人して笑い合う。












「・・・ところで。本当に、あの日カノン君に会いに行きませんでした?」
 もう帰ろうか、と席を立ちながら、理緒が神妙な顔で再び問う。
 その問いにひよのは飄々と笑って、

「会いになんて行きませんよ。カノンさんを探して歩いていたら、たまたま偶然街で見かけたので、脅しついでに少しお話しただけです」

「なっ・・・!!!!!!!」

 驚き半分、怒り半分。理緒が何か言おうと口を開いたとき、部室のドアが開かれた。

「・・・なんだ、あんたも来てたのか」

「あ、鳴海さん!」
「弟さん」
 放課後になると日課のようにこの新聞部へ足を運ぶ歩。その姿を見て、ひよのが嬉しそうに立ち上がった。

「それじゃ、あたしはこの辺で失礼しますね」
「え、理緒さん帰っちゃうんですか!?」
 お茶を入れながら、ひよのが奥から顔を出した。

「ええ。だってお二人の邪魔はできませんからね」
「どういう意味だっ」
 すかさず突っ込みを入れる歩に笑顔で返し、
「今度またゆっくりとお茶しましょうね」
 と、理緒が手を振る。
 すると奥から再びひよのが顔を出して、にやりと笑って言った。
「そうですね。明後日なんかはスーパーのお肉の安売りの日ですし、一緒に鳴海さんのお家に押しかけちゃいましょう!」
「まぁ、それはいいですね!!」
「おい!何を勝手な・・・」

 二人して楽しげに押しかけ計画を立てる側で、歩が額に青筋を立てる。
 そして二人で笑った後、理緒が急にふと、寂しげな笑みを湛えてぽつりと呟いた。

「ひよのさん」

「・・・はい?」

 急に雰囲気の変わった理緒を、不思議そうにひよのと歩が見やった。
 理緒はしばらく俯いて、言葉を選ぶようにした後、やがて顔を上げ、笑って言う。







「全部が終わっ、・・・いえ。・・・・・・・・・落ち着いたら・・・・・・・・・・・・。あたしをぜひ新聞部に入れてくださいね!」







 落ち着いたら。



 その言葉が意味しているものは、
 思うよりも ずっとずっと、重くて



 深いものだろうけれど。














「もちろんですよ!!いつでも大歓迎です!約束ですよ、理緒さん」
 傍で「それはやめておけ・・・」と呟く歩をハリセンで黙らせながら、ひよのが嬉しそうに言った。

















 辛い運命を共にする『仲間』は、いる。


 今はそれが、気休めかもしれないけれど、自分の幸せで。










 その運命を乗り越えたら、今度は、望んでも良いだろうか。



 『明日』を共に警戒するのではなくて。

 『明日』を共に笑って共に望めるような。




 友達、を。





















 終







++++++++++++++++++++++++++++++++++++++




   *閉じる*