もう 触れないで、
 この心に。



 けれど、どうか

 あきらめないで。






  +陽。+






 ぽろん、ぽろん。
 放課後の音楽室に、ピアノの音が響く。

「・・・・・・」

 かつて 弟でもある親友が
 弾いていた 数小節の。





「・・・ふぅ」
 嘆息し、目を閉じると、カノンは鍵盤の蓋を下ろした。



 ・・・いよいよ明日、決行する。









 裁きを。










 がららっ。
 不意に音楽室の扉が開けられた。

「あれ?カノンさん??」
「!!」

 目を丸くしてこちらを見ているのは、結崎ひよの。
 予想外のことに、がたん、と音を立ててカノンが立ち上がった。


 そのカノンの驚いたような顔を見て、くすりと笑うと、ひよのは音楽室のピアノの元へ歩み寄ってきた。

「カノンさんもピアノを弾かれるんですか?」
「・・・ううん。この数小節だけしかわからなくてね。拙いもんだろ」
「ふふ、天才ピアニストのお兄さんですのにねぇ」

「!・・・・・・・・・そっか、キミは」
「何でもお見通し、ですよ♪」
 悪びれた風もなく、楽しげな様子でひよのが言う。



「・・・・・・・・・」
 カノンが小さく嘆息する。
 ・・・まぁ、どうせ明日にはすべてが終わるんだから、どうだっていいや。と、そんなことを考えながら。













 オレンジ色の光が音楽室に差込んでいる。




 漆黒のピアノも、ひよのの横顔も
 すべてを染めて。













 この陽の光のような力が、自分にもあるだろうか。


 すべてを塗り替える、綺麗に。



 そう、




 きれいに。





















「ひよのさん」
「はい?」



「キミは今でも僕が・・・」









 ただ つくられたシナリオの上の命で
 それだけの 存在だと。

 操り人形だと。








 思ってる?












 ひよのは最初、不思議そうに目を丸くして。
 その次におかしそうに、くすりと笑って言った。







「ええ、思ってますよ。・・・と言えば、貴方はそう自覚なさるんですか?」

「・・・・・・・・・・・・」















「誰がどう思おうと関係ないですよ。貴方がそうでないと思うのなら、貴方がそれを証明するために頑張れば良いんです」






 そう言って、また微笑う。























「ひよのさん、」
「なんですか?」


「もし、全部が終わったら・・・」













 全部が終わったら。



 すべてが無に消えたら?



 どうなるかは、わからないけれど。



 ぜんぶが、おわったら。

























「一緒に心中しようか」

「!!」






















 ひよのが息を呑む。






 オレンジに照らされたカノンの顔は それでも




 とても昏い笑みを浮かべていて。













 終わりを夢見ているような
 疲れたような

 何かを諦めたような



 死に焦がれているような






 そんな。












 ひよのはそんなカノンを凝視したあと、視線を天井に向け、次に足元に向け、
 最後に窓の向こうを見つめた。

 金色の光に目を細めて。



 そしてカノンに向き直って、陽に照らされて ひどくきれいな笑みを浮かべて言った。



「厭ですよ、貴方と死ぬなんて。死ぬならお一人でどうぞ?」

「・・・・・・」



 その言葉に、カノンは声をあげて笑った。

 無性に笑いがこみ上げてきて ただ自分がおかしくて。











「何がおかしいんですか?」
「いや・・・っあははっ・・・なんか、すべてが滑稽なものに思えてきてね」







 そう言って、また肩を震わせるカノンにひよのが首を傾げる。
 そして急に何かを思い出したかのように、再びカノンに向き直って言った。


「あっ、でも。」
「?」





「死なないなら、みなさんで生きてくださいね」










 大切な人たちと。





















 幸せは 手にするものでも 相手に与えるものでもないから。




 自分がいて 相手がいて

 そうして居ることが幸せだから。


















「カノンさんと死ぬことは冗談じゃありません。でも、カノンさんと生きることなら厭じゃないですよ」






















「・・・・・・・・・・・・」











「・・・?カノン、さん?」




















 なんて




 なんて眩しい 光。



















「・・・・・・・・・・・・・・・」
























「・・・カノンさん、泣いてるんですか?」


























 眩しい。

 暖かい。

 愛しい。




 ・・・・・・痛い。



















「・・・・・・・・・・・・っなんで・・・・・・キミは・・・・・・・・・」

































 どうして。












 ねぇ、











 ―――どうして?



























 終


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