まぁ、こんなもんだよね。(後日談)






  +かわいいヒト+






 月臣学園の中庭。
 冬の心地よいぽかぽか陽気の中、カノンが散歩していたときのこと。


「あ、いたいた!カノンさーん!」
「?」
 急に声を掛けられた。
 声の主にはひどく覚えがあって、きょろきょろと見回していると。
「こっちです、上ですよ〜」
 言われるまま見上げると、校舎の三階の窓から、ひよのがくすくすと笑いながら手を振っている。


「ひよのさん」
 にへらと笑って手をぶんぶんと振るカノン。
「カノンさん、今そこに向かうので少し待っていていただけますかー?」
「?どうしたのー?」
 何かご用?とばかりにカノンが首を傾げる。するとひよのは一瞬ためらった後、

「・・・少し・・・お話があって・・・」

「はっはっは。それなら心配無用さ」
「え?」

「今から僕がそこに行くから」

 十秒で着くからね、と言うが早いか、カノンがするするとパイプを伝って昇り始めた。
「ちょっ・・・ちょっとカノンさん!?危ないですよっ」
 猿みたいですね。
 とか心では思ってみるが、ひよのの口からは建前が出た。



「・・・それで、話って何かな?」
 実に嬉しそうににこにこしながら、すたん、とカノンが廊下に着地する。
 幸い人通りが少なく、あまり目立ってはいなかったようだ。
「・・・・・・え〜と・・・」
 何から言いましょうか。
 ひよのが視線を天井へと泳がす。その普段の彼女らしくない様子に、カノンが首を傾げた。
「ん?何でも言ってごらんよ、キミと僕の仲じゃないか」
「どんな仲ですか」
「言っていいの?放送禁止用語だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 相変わらずにこにこ顔は変わらずに言い放つカノンに、ひよのが半眼で嘆息すると、懐から(?)メモ帳を取り出した。


 こほん、と咳払いをひとつして。
「今のは聞かなかったことにします。えーと、それじゃあカノンさんに質問をひとつ」
「どうぞ」




「アイズ・ラザフォードさんって・・・どんなお方なんですか?」




 ぴし。
 一瞬でカノンが石化する。
「・・・?カノンさん?」
「アイズ・・・だって・・・・・・?」
「え、えぇ・・・。どんなお方ですか?」
 へなへなとしゃがみこんだカノンの目線に合わせてひよのも屈む。
 すると。そのひよのの手首をカノンががしっ!と掴んだ。
「ひゃっ!?」
 びっくりしてひよのが声をあげると。
「ひよのさんは・・・アイズに興味があるの?」
「へ?・・・・・・え、えぇ。それにアイズさんのピアノなんて大好きですよ」
 にこりと笑ってひよのが言う。
「・・・・・・・・・そうか・・・ピアノか・・・・・・」
 掠れた声でそう言うと、カノンがひよのの手首を離して立ち上がった。


「歩君に・・・会いに行こうか」
「へ?」
 俯いたままのカノンの顔を、ひよのが不思議そうに覗き込む。
 するとカノンが不意にきっ!と顔を上げると、




「僕もピアノが弾ける男になってやるーーーー!!!」




 と叫びながら、ものすごい速さで廊下を駆け抜けて行った。

「あっ・・・あの・・・カノンさん・・・・・・;」
 呆然とひよのが立ち尽くしていると、再び砂煙を上げながら(廊下なのに)、カノンが戻ってきた。

「ひよのさん。あいつは・・・アイズはピアノも世界レベルだし顔もいいけど心は南極のよーに寒くて厭味ったらしくて無駄にクールだしいやに金持ちだしいつも寒そうな格好だし・・・とにかくイヤなやつなんだ!!」

 早口で叫ぶように言うと、また同じように砂煙を巻き起こしながら突進して行った。
「そうなんですか・・・って、えぇ!?アイズさんってカノンさんの親友っていうか・・・」

 ひよのが慌てて突っ込んでいるときにはすでに遅く。
 カノンは歩を探しに校舎中を駆け回っていた。





「ひよのさん、どうしたんですか?」
「あ、理緒さん!」
「今の、カノン君・・・だよね?なんか今日はいつも以上にハジけて・・・」
「はい・・・アイズ・ラザフォードさんのことをお訊きしたらああなっちゃって」
「え、アイズ君のこと!?」
 ひよのの言葉に、理緒も驚いたように目を丸くした。
「はい、どんなお方なのかなぁって知りたくて」
「そんな・・・ひよのさんは弟さんだとばっかり・・・・・・」
「え」
 独り言のように理緒が真剣に呟いている。

 かと思うと。
 ―――ううんっ!ひよのさんは弟さんオンリーです!!
 急に首をぶんぶんと振り、理緒がぐっと拳を握り締めた。

「ひよのさん、それ、私がお答えして良いですか!?」
「え?あ、はい大歓迎ですよ」
 どうぞ、とひよのが促すと、理緒はにやりと笑い、大きく息を吸って言った。

「アイズ君はお金持ちで!お見舞いにはいつも網目メロンを持ってきてくれたりするけど!いつもつまんなさそうな顔してて無愛想でにこりともしないしやけに冷静でクールで冷めてるしあたしのこと子ども扱いするし・・・格好と同じように本人もすごい冷た〜い寒〜い人なんです!!」

「は、はぁ・・・わかりました、ありがとうございます」
 よっしゃ、これであとは弟さんがひよのさんをうま〜くやり込めるだけだわ。アイズ君は強敵だからな〜。
 などと思いながら、理緒は心の中でガッツポーズをとった。











 次の日の朝。
 歩が登校中、校門前でたまたま出くわしたひよのに、昨日カノンにわけのわからないことをまくし立てられた挙句、ピアノを教えてくれと叫ばれたことを告げた。
「え、それじゃあ鳴海さん、カノンさんにピアノを弾いてお聴かせしたんですか!?」
「いや・・・なんかただごとじゃない雰囲気だったからな。説得もできんかったが、うまくまいて逃げた」
 相当な様子だったらしい。思い出すだけで、歩の額を冷や汗が伝っている。

「ん?・・・なんだ、ありゃ」
 掲示板前を人だかりができている。
 主に女子達がたむろしており、何やら騒いでいるようで。



「ねーこれ、どう思う?」
「信じらんなーい!私ラザ様ファンだったのに〜」



「・・・らざさま?」
「あぁ、昨日発行したばかりの新聞ですよ!リクエストが多かったアイズ・ラザフォードさん特集です」
 首を傾げる歩に、ひよのがにこにこと説明する。



「顔は良いが性格は無愛想で冷徹だって〜!」
「あーショックだな〜」
「『金有り・美形・天才』の難点は性格、かー」
「でも有名人ってそんなの多いって話よね〜」



 きゃいきゃいと騒いでいる女子達の話を聞きながら、歩が横のひよのに尋ねる。
「・・・あれもあんたが調べたのか?」
「えぇ。やっぱりラザフォードさんに近いお方が良いかと思いまして。カノンさんと理緒さんにお話を伺いました」
「・・・・・・・・・なんでそんな風に言ったんだ?あいつら仲間だろ?」
「ですよねぇ。カノンさんはまぁ違いますが、親友であり弟さんですからねぇ。理緒さんも様子がおかしかったですし」
「ふーん・・・」










「だ、大丈夫よカノン君!!アイズ君はあれくらいで人気落ちるような人じゃないわ!」
「だ、だよね〜・・・金・顔・才能の三要素あれば性格くらいね」

「って、アイズ君は性格だって悪くないよ!」
「当たり前だろ。アイズは僕の親友だよ」
「だったらなんでひよのさんにあんなこと言ったのカノン君!?」
「それを言うなら理緒だってそうじゃないか」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」






 それからしばらくの間、二人がアイズをこそこそと避けるようになったことは言うまでもない・・・はず。















 終


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