キミは一体誰の手に。
+ハーティー・ギフト+
2月13日。
浅月は自宅でテレビを見ていた。
「あー・・・暇だぜ」
夜9時。特にすることもなく、テレビを眺めていても面白い番組はしていなくて。
ソファに寝転んだまま欠伸をすると、浅月は下に転がっている雑誌を取り上げた。
「・・・・・・あぁ、そっか」
特集として大きく載せられているのは、手作りのチョコやケーキのレシピ、そしてラッピングの仕方など。
「明日ってバレンタインだっけか」
まぁ、関係ないけどな。
そう呟くと、浅月はもう一度欠伸し、雑誌を放り投げて目を閉じた。
すると。
ぴんぽーん♪
不意にインターホンが鳴った。
「?誰だ、こんな時間に・・・・・・」
訝しく思いながら、面倒くさそうに身体を起こし、玄関へと向かう。
覗き穴(?)から外を伺おうとしたとき、あちら側から声を掛けられた。
「浅月さーん?いらっしゃいますかー」
「!!?」
反射的に勢い良く扉を開け放つ。
したら。
「うぅ・・・・・・痛いです・・・」
こうなる。
「わっ、悪ぃ嬢ちゃん!!!」
涙目で鼻を摩るひよのに浅月が必死に頭を下げた。
「・・・ってゆーか嬢ちゃん・・・こんな時間に何の用だ?」
っていうかなんで俺の家を知ってる。
そんな初歩的な愚問はもはやしない浅月。
「・・・こんな時間に。一人で。俺ん家に。・・・・・・まさかっ!!!」
「?」
「逆★夜這いかっ!!?」
「実はキッチンをお借りしたくて」
「いや、嬢ちゃんここは突っ込んで欲しかったんだが・・・」
「では失礼します〜」
「ちったぁ話聞けよおいっ!」
全く動じずにひよのが笑顔で上がり込んでくる。
「〜〜〜ったく・・・」
頭をがりがりと掻きながら、浅月が嘆息した。
どんな用かは知れないが。
まぁ実はちょっぴり嬉しかったり。
「わぁ、意外とすっきりしたお住まいですね〜」
ひよのがもの珍しそうに部屋を見て回る。
「・・・嬢ちゃん一体何なんだ?」
そんなひよのの後姿に、浅月が嘆息交じりに問う。
するとひよのは振り返りざま、その質問を待ってました!とばかりに笑顔で言った。
「はい、実は浅月さんに、チョコを作るのを手伝っていただきたいと思いまして」
「・・・・・・は?」
チョコ?なんで俺が。
目を点にしたまま返すと、ひよのがきょとんと目を丸くした。
「・・・え?まさか浅月さん、明日が何の日か・・・」
「・・・バレンタイン、だろ」
「なぁんだ!ちゃんとご存知じゃないですかー」
そう言ってひよのがまたけらけらと笑う。
「いや、だからそうじゃなくて・・・なんで俺に手伝いなんか」
「私お料理すごく苦手なんですよ。それに引き換え、浅月さんすっごくお上手じゃないですか〜。以前私の誕生日に作ってくださったケーキが凄く美味しかったですし!それでやっぱりチョコは浅月さんに手伝っていただくのが一番かと思いまして」
図々しいうえに、突込みどころ満載な理由ではあるが、まぁ別に嫌ではない。
「・・・・・・・・・・・ま、いいか」
浅月が諦めたように笑うと、ひよのも嬉しそうに笑った。
「・・・んで、さっき湯煎で溶かしておいたチョコに生クリームを・・・」
「ふむふむ」
「あ、少しずつゆっくりだぞ。木べらで混ぜながら」
「こうですね」
「そうそう」
二人して真剣にチョコ作りに取り組んでいる姿は、なかなか微笑ましいものがある。
何だかんだ言って浅月は丁寧に教えてくれるし、ひよのもまた一生懸命だった。
「よし、んじゃあとは固まるのを待つだけだ」
「冷蔵庫で固めないんですか?」
「冷やし固めたら、冷蔵庫から出したとき溶けちまうだろ。常温でもじゅうぶん固まるからな」
「なるほどー」
ひよのがぽんと手を打ち、テンパリングしたチョコを載せたバットをテーブルに置く。
「・・・・・・・・・・・・」
そーいえば。
チョコを作りたいから手伝ってくれ、と言われたから、その通り手伝ったわけだが。
考えてみれば、このチョコをひよのはどうするのだろうか。
普通に考えれば、悔しいではあるが歩にあげるというのが妥当か。
確かに、他の誰かにあげるのであれば、わざわざ自分の所に来るよりも、プロ級である歩に手伝ってもらった方が良いだろう。
歩にあげるチョコを作るのに、歩に手伝ってもらうというのも、妙な話ではあるし。
「・・・・・・・・・やっぱ鳴海弟にか。」
子供のようにぷくーと頬を膨らませる。
唐ガラシでも混ぜてやろーか、とも思ったが。
「ま、いーや・・・」
チョコの固まるのを待っているひよのの幸せそうな顔を見ると、そんな気も失せてしまった。
「・・・・・・つくづく末期だよなぁ、俺・・・」
自分以外の人間を想っての笑顔ですら、愛しく思えてしまうのだから。
「11時半か。よし、もう完全に固まってるだろ。ラッピングして大丈夫だぜ」
「了解です!」
器用な浅月に手伝ってもらいながら、次々と丁寧にチョコをラッピングしていく。
そして、可愛らしいチョコの包みが八つ出来上がった。
「カノンさん、アイズさん、亮子さん、理緒さん、鳴海さん、まどかおねーさんに和多谷さんに浅月さん、の計八つ完成ですね!」
「ちゃんとできて良かったじゃねーか・・・」
全員分かよ。
心の中で突っ込みを入れながら、浅月が顔では笑顔を作る。
「では浅月さん、本当にありがとうございました〜!」
チョコの包みを丁寧に手提げに入れ、ドアの前に立ってひよのが頭を深々と下げた。
「ああ。しかし・・・俺は思ったんだが、嬢ちゃん」
見送りながら、浅月が疑問を口にした。
「はい?」
「嬢ちゃん、料理・・・ってかチョコ作り、そんな苦手じゃないんじゃねーの?」
そう。横で手伝いながら見ていた限り、ひよのの手つきは手馴れたもので、とても料理が苦手だとは思えなかったのだ。
「あれ、やっと気づいたんですか?」
「なっ」
「ひよのちゃんはいつでも良き奥さんになれちゃう腕前ですよ〜?」
・・・実は歩に時々料理を教えてもらっていて上達したものではあるのだが。それはあえて言わない。
「は?意味わかんねーよ、そんじゃなんでわざわざここまで・・・」
「あ、ちょうど0時になりましたね」
浅月の言葉を遮り、ひよのが腕時計を見てそう言うと、手提げから包みのひとつを取り出した。
「はい、浅月さん。ハッピーバレンタインです♪」
「・・・・・・は?」
一瞬にして浅月の目が点になる。
いつもではあるのだが、今日のひよのはいつもに増して不可解な行動が多い。
「一緒に作るのも楽しいかなって。それに、14日になって一番最初に渡したかったものですから」
「!」
「学校では誰かが渡しちゃうかもしれないですからね〜。日が変わってすぐならその心配もないですし」
私が一番乗りですよ?
そう言って笑いながら、ひよのがドアを開ける。
入ってくるのは冷たい外気だけれど。
笑顔はとても、
それ以上に心が
暖かくて。
「あっ、そうそう!」
呆然と手渡された合作チョコを見つめている浅月に、ひよのがドアを閉める間際ににやりと笑って言った。
「でも浅月さん、マイナスポイントですよ〜?こんな真夜中に、寒い外を女の子一人で歩かせるなんてー」
そう言い残して、バタンとドアが閉められる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
三秒後、やっと我に返った浅月が、慌ててコートを引っ掴んで外に駆け出して行ったとか。
Happy Valentain★
fin
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