私もあんな風に歩けたら。






  +ユミルの眠り+






「・・・・・・重・・・」




 辺りは夕日のオレンジ色に染められていて。

 生徒たちが次々と下校していく。
 それを頭の片隅で感じながら、亮子は足を止めた。



 足が 重い。



「あれ?高町先輩、どうしたんですかー?」
 ずるずると足をひきずっていたと思ったら、ついにその足を止めてしまった亮子に、後輩の女子生徒が声を掛ける。
「あっ、ああ、なんでもないよ。少し疲れてね」
「そうですか?あんまり無理しないでくださいよ。ただでさえ高町先輩は普段から根詰めすぎなんですから!」
 それじゃ、と明るく言うと、後輩はランニングのペースを上げて通り過ぎて行った。

「・・・・・・」
 足の筋肉が緊張しているのか、心なしか震え始めている。
「・・・・・・根詰めすぎ、か」

 自嘲ぎみにふっと笑うと、亮子はストレッチを始めた。








「すごい!高町先輩新記録じゃないですか!」
 寒くても晴れ渡った空に歓声が響いた。
「はぁ・・・へぇ、新記録?今日は調子いいみたいだな」
 息を整えながら亮子がニッと笑う。

「この調子なら、次の都大会では上位入賞間違いなしですね!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・?高町先輩?」
 急に無表情で黙ってしまった亮子の顔を、後輩が訝しんで覗き込む。
 それを見て、亮子がいつもと変わらない笑顔を作って言った。
「・・・いや、あたしは大会出ないからサ」
「えぇ!?それってどういう―――」
「・・・ふぅっ。疲れたからあたしちょっと休んでるわ」
「あ、高町先輩!」


「・・・・・・・・・・・・」
 ベンチに座り、タオルを肩に載せて息を吐く。

「・・・あたしが出れるわけないじゃんかよ・・・・・・」








 だって、―――――から。








 風を切って走れるこの足は、自由なんかじゃないから。



 鎖に繋がれたまま開放された鳥のような自分。



 籠に入れられない代わり
 血塗られた手という大きな代償を背負って。










「あーもう、待ってくださいよ鳴海さん!」

 ぼんやりと茜がかった空を眺めていると、耳慣れた声がした。
「!!」

 校舎の所から、見慣れた四人組が歩いてくる。
 歩とひよの、そして理緒と浅月だ。
 初めは敵以外の何者でもなかったという、歩と浅月たちだが、最近は妙に打ち解けて、放課後をよく共にしている。

「歩くの速いですよー」
「うるさい、俺は夕食の買出しに行くんだよ!タイムセールあと一時間で終わっちまうんだよ」
「まだまだたっぷり時間あるじゃないですか!」
「くっそーおい鳴海弟!嬢ちゃんに追い掛けられてんじゃねえ!羨ましいじゃねえか!!」
「・・・こーすけ君、あほ・・・」
「鳴海さん〜」
「あぁもううるさい!大体なんでお前ら俺についてくるんだよ!」
「別に俺はお前なんぞについて行ってねーよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「あっ、亮子ちゃんだー!」
 睨み合いを始めた(浅月が一方的に睨んでいるだけ)二人をよそに、理緒がグラウンドの陸上部のベンチに座っている亮子を見つけた。


「ふふ、相変わらず仲良いじゃんか」
 グラウンドに降りた四人に亮子が笑いかけた。
「誰と誰がッ!」
 すかさず歩が反論したが、それを軽く流して理緒が話し掛ける。
「亮子ちゃん、練習もう終わり?一緒に帰ろうよ」
「ん、そうだね・・・じゃあちょっと待っててくれる?支度してくるから」
「おう」
 浅月と理緒、ひよのが笑って同時に頷く。
 歩もやれやれと溜息を吐きながらも、大人しく待っているつもりのようで。
「・・・」
 その微笑ましい面々に、亮子はくすくすと笑いながら部室に向かった。






「・・・・・・・・・ふぅ・・・・・・」
 服を着替えながら、ぼんやりと部室の壁に目をやる。
 ロッカーの傍に張り紙で、『目指せ都大会優勝』と書かれている。
「・・・・・・・・・出れるわけないんだよ・・・」

 腹が立った。
 この現実に。

 そして




 叶うわけないと分かっているのに、希望を捨てきれずにいる自分に。










「・・・・・・・・・・・・重い」
 鞄を肩に掛け、部室のドアをくぐる瞬間、ずしりと足に重みを感じた。



 目には見えないけれど、この足にはきっと鎖が結ばれていて。


 いつも自由でいるはずなのに
 ふと 希望を持とうとすると、その重みを感じ、思い出す。




 自分に自由なんかないと。






 部室を出ると、四人はそれぞれ別のことをして待っていた。
 理緒と浅月は何やらおかしそうに話していて、歩はポケットサイズの料理の本を読んでいて。

「・・・・・・・・・」

 そして、亮子が別の空気を見出したのは。



「〜〜♪」
 一人、鼻歌を歌いながら楽しそうに校庭の花を眺めているひよの。



 踊るような軽やかな足取りで、草花を見つけては何やら感想を述べたり、嬉しそうに理緒や浅月、鳴海に声を掛けたりしていて。









「・・・・・・・・・・・・」




 ―――――自由だ。



 ぎしり、と。
 胸の奥が軋んだ音を立てた。









「そうそう。私いつも思うんですけどね」

 五人の影が歩いている土手に伸びている。
 ふと、歩と並んで前を歩いていたひよのが、そう言いながら亮子を振り返った。




「亮子さんが走る姿。鳥みたいだなぁって」





 この大地という大空を、

 自由に、駈ける。


 ・・・自由に。













 そう言って、笑った。

 楽しそうに。


 幸せそうに。











「へぇ・・・良い例えじゃねーか、嬢ちゃん」
「そうだねー」
 亮子を挟んで歩く浅月と理緒も、頷きながら笑う。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」








 そんなことない。



 自分は自由なんかじゃない。












 そんなことは前から知ってた。





 けど。







 本当に 走ることが大好きで。








 自由に走りたくて。歩きたくて。








 ・・・・・・自由で、いたくて。







 ・・・・・・・・・誰と同じように?




















「?・・・亮子さん?」

 急に足を止め、俯いてしまった亮子を、皆が不思議そうに振り返る。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





「!おっおい、どうした?」
「亮子ちゃん?」









 瞳から溢れた雫が頬を伝い、地面に水滴を落とす。







 ぽたり、ぽたりと。



「・・・・・・・・・・・・っ」



 止まらない。







「亮子」
「亮子ちゃん・・・・・・」













 どんなに走りたくても、自由になんか走れない。

 どんなに一人で歩きたくても、この足の鎖を外すことなんかできない。





 それなら せめて

 胸がいっぱいになったとき 自由に涙を流すことくらいは許して。












 それでも 本当は









 本 当 は











「・・・・・・・・・ごめ、ごめん。なんで泣いてんだろ」















 ・・・ものすごく、眩しく感じた、

 眩暈を起こしそうなほどの

 『彼女』の笑顔。






 自分も あんな風に。











 風を受けて

 大空を仰いで

 自分の意志で歩いて




 自由に、



 自由に












 笑いたかった。




















 終


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


   *閉じる*