もしも私が枯れゆく花だったら。

 あなたは私に手を差し伸べてくれるだろうか。






  +シチリアの祈り+






 ある寒い日の朝。
 月臣学園の花壇の前には、理緒が立っていて。

「・・・・・・ふぅっ。これで終わりっと!」
 如雨露を脇に置きながら、ふっと一息つく。
 すると、その灰色の頭をぽんと誰かが叩いた。

「ん??」
 振り向くと、そこにはよく知る顔があって。

「よお」
 軽く手を上げて挨拶し、白い息を吐く。
「こーすけくん!」
「随分早いじゃねーか。当番か?」
 駐輪場に自転車を止めてきたばかりなのか、鍵を手の中で弄びながら浅月が尋ねる。
「まぁ、ね。」
「へー・・・エラいんだなぁ」
 にやにやと笑いながら理緒の頭をぽんぽんと叩く。
 その子ども扱いに理緒がぷぅっと頬を膨らませた。

「これでもお花は好きなんだよ、あたし」
 言いながら、しゃがみ込んで花壇の花を撫でる。
「・・・・・・・・・」
 その慈しむような指先をぼんやりと眺めながら、されるがままの花を見つめる。



 紫の、小さな小さな花。
 花壇にぽつりぽつりと、小さな密度で花開いている。


 凍えながら、何かに必死にしがみつくように。






「これ、あたしたちに似てるなぁって、思ったんだ」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「あたしに、こーすけくんに、亮子ちゃんにアイズ君に・・・カノン君」
 ぽつぽつと呟きながら、儚さを哀れむように、薄い小さな花びらを撫でていく。






「このコたちは、あたしたちがこうして、水をかけたり雑草を取ってあげたりしなきゃ、枯れちゃうんだ」



 浅月は白い空に向かって、白い息を吐き出した。
 そしてぼんやりと口を開く。

「・・・世話してやったって、すぐ枯れちまうだろ」



「・・・・・・うん。あたしたちはただ、それを伸ばしてるだけ・・・。でも、見て」




 理緒が小さな手で指差した先には、ひび割れた地面に咲いている野花。



 夏の空と同じ色の花びら。
 それは、誰の目から見ても、生きていて。

 強い意思を持っているかのように。
 自らの力で生きている自由と力を、誇るかのように。





「・・・誰かに、似てる」







 ぼんやりと、遠くを見るように理緒が呟く。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 深く息をつき、浅月が目を閉じた。


 瞼に焼きついているのは、蜂蜜色の髪。
 強い意志を秘めた瞳と、鈴の音のような凛とした声。









「こんな固い地面で、世話を受けることもなくて・・・咲いてるんだよね」






 そう、

 いつだって、自由で。
 強くて。
















 寒くても心細くても、寄り添えない孤独な心。




 誰かの管理下の。



 引き伸ばされている命に縋り付いて、必死に生きる そんな


 か弱くて 儚い  そんな




 それだけの 命。












「・・・・・・さみィ。教室行こうぜ」
「・・・・・・・・・うん」



 理緒もゆっくりと頷き、身震いして自身の体を抱き締めた。




「こーすけくん・・・あたしたちも、この地面に投げ出されたって咲いていられるよね」





「・・・・・・・・・・・・」





 そうに決まってんだろ、と言おうとした。
 でも声にならなかった。







 教室へ向かう理緒の後ろを歩きながら 凍ってひび割れた地面に咲くその花を、


 踏みつけてやろうと思ったのだけれど。













 なぜだろう。










 どうしても できなかった。




















 終


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