音の無い声でもちゃんと出して。
 ここで 耳を澄ませてるから。






  +鋭利圏ベクトル+






 そこにあるのは無駄なものだって知ってる。

 本当に欲しいものは絶対に手に入れることができないって知ってるから。


 自分が望んでいるもの、それが
 手を伸ばしただけで届くような場所にあるわけない。





 じゃあ

 ところで


 自分は何を望んでるんだっけ。







「・・・オイ嬢ちゃん。何見てんだ?」
 放課後の新聞部室。
 先ほどからずっとこちらに背を向け、真剣にパソコンの画面に見入っているひよのに、浅月が嘆息交じりに問う。
「容量確保しようと思いまして。いらないフォルダをチェックしてたんですが・・・」
 そう言いながら、ひよのは画面が浅月にも見えるように椅子を動かして移動する。
「!げっ・・・なんだよこりゃ」
 不思議そうに画面を望んだ瞬間、浅月が顔をしかめる。

 血。
 白い壁、白いカーテン。白いシーツ。
 そのすべてが赤い液体で汚され、散らばっているのは菖蒲(あやめ)の残骸。

「げって・・・浅月さんがじゃないですか」
 ひよのが苦笑して言う。
「・・・・・・」
 確かにそうなのだが。
 歩に挑戦するために不必要に派手に仕上げた殺人現場。
 確かにそれを作ったのは自分なのだが。
 顔に笑みすら浮かべて。

 確かに そうしたのは自分なのだけど。


「・・・どうかしたんですか?」
 画面を見つめたまま固まっている浅月に、ひよのが不思議そうに首を傾げる。
「・・・嬢ちゃんって・・・やっぱ変だな」
「どうしてですか」
 半眼で言う浅月に、ひよのが頬を膨らませる。
「俺が言うのもなんだが・・・普通コレ見たら反応違うだろ?」

 現場がどうこうではなくて。
 それをやった本人を目の前にして。
 未だに少し手を伸ばせばすぐに届く場所にナイフを潜ませている、そんな人間を目の前にして。

 それは
 同じ人間に対してこんなことを平然とできる人間を見る目じゃない。



「・・・・・・・・・・・・そうですねぇ」
 言いながら、ひよのは体を浅月に向け直した。
 天井に視線を向け、しばらく黙った後、やがてゆっくりと口を開く。
「・・・・・・なんて言っていいかよく分からないんですけど」


 あなたのしたことを何とも思わない、そういうわけでは
 決してないけれど。




「これがあなたの全てではないんですから、なんて月並みなキレイごと言いたいわけでもないんですけどね。」






 それでも思う。

 その殺伐とした精神、残酷な感情表現。

 それでも







「浅月さんの一部なら、って・・・・・・・・・」

「―――――――」




 困ったような笑いを浮かべながら語るひよのの言葉に、浅月が絶句して。
 次の瞬間、吹き出す。

「はぁ、何言ってんだ!?さては嬢ちゃん、俺に惚れたか!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 ひよのはその言葉に肯定も、否定もせず。ただ曖昧な笑顔を浮かべて。








 冗談で聞いた、だから良かった。

 本気であんな事聞けるわけないし、本気で問うたその答えがそれというのもまた虚しい。












 帰り道、並んで大通りを歩く。
 時間的に他の学生や車の通りも多く、街には普段通りの喧騒が溢れていて。





「・・・・・・・・・」
 交差点で立ち止まり、目の前を過ぎて行く車の群れを見つめながら。

 どうかしてる。

 小さく口の中で呟き、浅月が嘆息した。







 手に入るものは無駄なもの。
 欲しいものは決して手に入らない。


 だから求めるだけ無駄だと、知っている。今までだってそうしてきた。



 いつも誰かの何かを奪っていながら

 本当に欲しいものを求めたことはなかった。




 それなのに












「なぁ、嬢ちゃん」
「なんでしょう?」














 急に、答えが欲しくなった。















 本当は答えなんか分かってる。
 手に入るはずはない、知っている。
 それなのにどうしてだろう。

 別の答えが 欲しくて。

 どうしても 欲しくて。












「・・・嬢ちゃん、本当に―――――」
 突如響いたトラックのエンジン音が、浅月の言葉を遮ってしまった。

 しかしひよのは、その言葉が聞き取れたのか聞き取れなかったのか、目を大きく開き、そして微笑い、閉じた。





「・・・・・・・・・・・・・・・」





 永遠にも思える時間を浅月に感じさせた後、ひよのがゆっくりと口を開いた。
















「私は――――――――」


















「!!」













 ひよのの声も、すぐに通り過ぎていく車の音にかき消されてしまったけれど。

 その言葉は浅月の耳に届いたようで。

























「・・・・・・・・・・・・」
 ぎゅっと、心臓の辺りを掴む。








 聞き違いかも知れない。











 いや、きっと聞き違えてしまったに決まっている。


















 だって





 聞こえたその言葉は






 あまりにも



















 自分が一番欲しくて 望んでいたものだったから。





















 信号が青に変わり、人々が歩き出した。
 浅月だけがその場に立ち尽くしたまま、呆然と俯いている。

 そんな浅月の顔を覗き込むように見た後、ひよのはにっこりと笑い、その手を引いて歩き出した。

















 自分は何を望んでいたんだっけ?

 それはたぶん
 この手の暖かさが答えで良さそうだ。




















 終










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バンプのダンデライオンに感銘を受けたんですよ。


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