ミギテニキミノヒダリテ。

 モウ ハナサナキャ。






  +ルイン+






  「何してるんですか?そんな所で・・・」

 昼休みに二人でこの屋上で昼食をとった。
 ・・・というよりも、一人で昼食をとっていたひよのの隣に、いつの間にか『彼』がやってきて、昼食を共にすることになったのだった。
 始業のベルが鳴り、ひよのが慌てて屋上の扉に走ったが、『彼』はそうする気配がない。
 訝って振り向いてみると、『彼』がちょうど屋上の手すりの柵を乗り越え、何食わぬ顔ですたん、と屋上の淵に降り立ったところだった。


「何してるんですか?カノンさん」
 もう一度ひよのが尋ねる。
 心配や焦り、というよりは呆れを含んだ声で。


「何するつもりなの?って、いうのが正しい質問じゃないかな」
 ゆっくりと手すりに近付いてくるひよのにカノンが愉しげに言う。
「そうですねぇ・・・」

「それに『ここ』ですることって言ったら一つしかないでしょ」
 そう言って数十センチ先は空となっている自分の足元を指差す。
「そうですねぇ」
 未成年の主張ですか?などと、先ほどと変わらない声のトーンでぼんやりと言うひよのに、カノンが首を傾げる。
「・・・・・・本気じゃないと思ってるの?」
「さぁ・・・どうでしょう」
 本気なんですか?というひよのの問いに、カノンは笑って
「本気じゃないけどね」
 と言うと、その場にすとん、と腰を下ろした。


「・・・でもつまんないなぁ。もっと驚いたり心配してくれると思ったのに」
「私に心配して欲しくてこんな冗談したんですか?」
 ひよのの問いにカノンは笑って頷いた。ひよのが小さく嘆息する。

「でも考えたらひよのさんが、僕を心配する理由なんてないもんね。キミにとって僕は敵だから」
「そうですねぇ」
 即答するひよのにカノンがきょとんとして、彼女の顔を見つめる。

 何を見ているのか分からない、底知れぬ瞳。
 恐怖や困惑、そんな感情すら、湧き起こってくる。

 そこに惹かれたのだろうけれど。



「僕がここから飛び降りたらみんなどんな反応すると思う?」
「喜びはしないと・・・思いますよ。」
 特にアイズさんが。そう言おうとしたが、あえてひよのは口にしなかった。
「僕の机には花が置かれるかな」
「・・・それはないと思います」
 またしても静かに放たれた言葉に、カノンが再びひよのの顔を見やる。先ほどとまったく変わらずに、カノンの方を向いてはいるが、その目はどこか遠いところを見ている。
 どうして?と目で問うているカノンを見て、ひよのがくすりと微笑って言った。

「自殺した人間を美化してどうするんですか」

 その表情には、微笑しか浮かべていなかった。
 悲哀や憤りなどは浮かべていない。
「キミは・・・・・・」
 妙な胸騒ぎがする。カノンが何か口にしようとすると、その言葉を遮るようにひよのがにこりと笑った。

「それよりカノンさんは思わないんですか?私が今不意をついてあなたを突き落とさないか、って」
「・・・・・・・・・」

 確かに、そうだった。自分のすぐ横の手すりに添えられているひよのの右手が、少し自分の肩を押すだけで、それだけで自分は一瞬で死の淵に落ちることになる。
 いくら自分でも、この高さから落ちると生き残れる自信は無い。

 しかしカノンはそんな思いは決して顔に出さず、困ったように笑って言った。
「そういえばそうだね。そんなこと考え・・・・・・」


 とん、と。肩に小さな衝撃。



 バランスを崩すのはそれで十分。

 目の前に、一瞬にして青空が広がった。












「自殺した人間にはともかく、志半ばに殺されてしまった方には、皆さん同情して花でもなんでも手向けてくださると思いますよ?」
 すでにひよのの顔から笑みは消えていた。
「そうだったでしょう?浅月さんも理緒さんも亮子さんも・・・・・・鳴海さんも。」



 呟くと、ひよのは目を閉じ、一粒だけの涙を払い落とした。









 終


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