あなたなら解く この藍に灯したわたしの希望を











セレストブルー











 冬の踵はまだ見えないけれど、海辺の風は容赦なく冷たい。

「もっと嬉しそうな顔しろよ」
 せっかく連れてきてやったんだから。苦笑混じりに言う香介に、理緒がぷうと頬を膨らませる。
「あたしはもっと楽しい所に連れてってって言ったのに」
 遊園地とか、動物園とか、ゲームセンターとか。眉間に皺を寄せながら、「楽しいスポット」を指折って行く。
「誕生日にゲーセンは無いだろ」
「この時期の海なんてそれこそ何も無いよ」
「まぁなー」
「あっさり認めちゃった」
「たまにはこういう何も無い所の方がのんびり出来て良いじゃねぇか」
「寒いよー」
「文句ばっかり垂れるな!」
 不満ばかりの応酬は、しかしどちらも笑っている。
 二人の声が吸い込まれて行く天は高く、澄んだ青。海も穏やかに藍。風だけが冷たい。

 今日の朝、どこか楽しい所に行きたいなぁと言った理緒の手を引いて香介が選んだ場所が海だった。
「こーすけ君センス無いんだもん」
「だから欲しい物はちゃんと言えって」
 欲しい物。誕生日のプレゼントだ。香介が予てから何が欲しいか尋ねたのは一度や二度じゃなかった。その度に理緒は考えておくねと曖昧にはぐらかし続けて今に至る。
「だって」
「だって、何だよ」
「あたしの欲しいものはこーすけ君には出せないよ」
 困ったような顔で、しかしさらりと述べた理緒に香介が一瞬絶句した。
 うーんと腕を組み、「――そりゃあ、そうかもしれねぇけどな」眉間に皺を寄せる。
「そこはほらあれだ、俺でも出せそうなやつをチョイスして言ってくれる思いやりがだな」
「何それ! あたしの誕生日なのに何であたしが気を遣うわけ?」
「な。誕生日なんだからワガママ言や良いのになぁ」
 笑って言う香介に、目尻をつり上げていた理緒が毒気抜かれたように肩を竦めた。
「――欲しいものなんか無いよ」
「嘘だな」
「何で嘘なの」
「本当は沢山あるだろ、好きな物とか」
「無いよ」
「あるって」
 面白がるような声。立ち位置が一向に変わらない感覚に理緒が焦れたように唸る。
「じゃあ当ててみたら!」
 ぷいとそっぽを向いた理緒に、香介が尚楽しそうに「まずメロンだろ」指を折り出した。
「ウサギだろ、火薬の調合だろ」
「…………」
「猫も好きか。ゲームボーイ、背伸ばしたいから牛乳だろ、あと機械いじり、数独も好きだよな」
「…………」
「あとえーと、何だ……えーと」
「……あんな大見得切っといてそれだけ!?」
「もっとか」
「もっともっとだよ!」
 秋。生まれた季節。可愛い色柄のリボン。冷たい海。誰かと一緒に並んでいるときの影法師。
 必要としてくれること。必要としてくれる人。
「出してみると考えつかねーな、いっそメロンしか無ぇ気もしてきた」
「言っておくけど、メロンは網目もようのだけだからね!」

 一緒に笑ってくれる人。

「理緒」
「なに」
 たとえば今この時間。

「誕生日おめでとう」

 今の言葉。

「……ありがと!」
 いーと歯を見せて拗ねたように礼を言う。次に頭に手が載せられることも分かっている。だって彼は自分の好きなものを分かっているらしいのだから。

 海辺の風は容赦なく冷たいけれど。彼が連れて来てくれたこの空間はたまらなく好きなものだった、確かに。



















『愁いを解いて神様とやら わたしに光を  光を』



















 終












16/10/26


理緒おめでとう(*´▽`*)こーりお初めてかもしれない。
最後のワンフレーズはCocco「セレストブルー」より。


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