何度でも頷くからちゃんと見ていて











Miracle Worker












「年を取る度に、化けの皮が一枚ずつ剥がれていくような、そんな感覚だった」
 誰にともない言葉が、ぽつりぽつりとアイズの口から溢れる。
 それに相槌を打つでもなく、ああそれはわかるなと香介がぼんやりと胸中で頷いた。
 雨の雫を一粒ずつ落とすような、さらさらと静かな空間。
 そしてそこに鈴を鳴らすように響いたのは、「年は重ねていくものですからね!」まるでそぐわない人物の声。
「言葉や知識や教養や器用さや、大事な人との思い出も。どんどん重ねて、包まれていってください」
 か弱く繊細な魂を、護るために。
 そう言いながらアイズを見やる『彼女』の瞳は、まるで庇護者のようだ。
 彼女の独特な温度を持つ視線が向けられているのは、『彼』に対してだけだと思っていたのに。
「さすが、年の功ってやつか?」
「たかが数枚の化けの皮、されど数年の年月の重ねです」
 もしかしたらそれは自分たちにも向けられていたのかもしれない。ずっと前からなのか、いつの間にかなのかは知る由もないけれど。


「ていうかそもそも、何で嬢ちゃんがここに居るんだ?」
「あら、それならなぜ今ここにご自分がいられていると思ってるんですか」
「はぁ? 大学のナントカ記念休校と、俺の受けてる講義の休講が偶然重なって、んでたまたま商店街のくじ引きでイギリス旅行が当たって…ってあれ??」
「その時点で既に二桁に渡る私の手が掛かってますね」
「…………」
 私の手に掛かればホールの屋根くらい簡単に吹っ飛ばせるんですよおと、心胆を寒からしめる笑みを浮かべて彼女は去って行った。
「ラザフォードさん、お誕生日おめでとうございます」
 胸をすくような笑みと、その言葉を残して。


「本っ当、恐ろしいな……」
 颯爽と歩き去る彼女の後ろ姿を眺めながら、苦笑混じりに香介が呟く。
「……だが、笑っていたな」
 平坦なアイズの声に、香介が小さく笑って肩を竦めた。
「ま、そうだな。相変わらず忙しなく飛び回ってるみたいだけどな」
「ああ。依頼料は決して安くなかった」
「……はぁ!?」
 憮然と述べたアイズに、香介が素っ頓狂な声を上げる。
「……なぜ今ここにお前がいられていると思ってるんだ」
 状況を理解していない相手に、アイズが呆れ顔で先ほどの彼女と同じようなことを繰り返した。
「…いや、まさか、お前が嬢ちゃんに依頼したのか? 俺をここに寄越すように?」
 信じられないというように疑問符と驚きだらけの顔で、香介が脳内を整理しようとぶつぶつと独りごち始める。
 そんな渦巻く思考を一蹴するように、アイズが肩を竦め、言い放った。
「会いたかったんだ。誕生日くらい良いだろう」
 その言葉と、珍しく朗らかに笑ったその顔に一瞬で思考することが無意味だと悟る。
 少なくとも今はこの時間とこの空間を、笑顔と祝辞で満たすべきだ。

「誕生おめでとう、ラザフォード」


15/11/17


シュウさんのお誕生日に捧げました。おめでとうございます(*´▽`*)


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