轟音と閃光に隠してひっそりと












君の名を稲妻と共に












「季節外れの爆弾低気圧だって」
「うん」
「雨はひどかったけど、午後から休校っていうのも迷惑な話だよね」
「そうだね」
「台風も近づいてきてて、雷も凄い鳴ってるのに、そんな中帰されても困るよね」
「本当にね」
 ざあざあ、ざあざあ。
 バケツの水をどうのこうの、どころではない。豪雨。傘など意味を成さないというかかえって危険なので放棄し、潔く濡れて帰ることを選んだ。
 校舎を出て三秒で濡れ鼠と化し、洗濯中のように完全に水分を含みきった制服が重い。
 聞こえるのは雨と雷と風の音だけだと思いきや、割と色々な音が聞こえる。
 隣を歩く人間の足音。息遣い。声。
 雨と雷と風の音にそれ以外は全て遮断され、すっかり二人だけの世界になったみたいだ、なんて。
 馬鹿みたいだなぁと思いながら理緒が笑って口を開いた。
「でもこうしてると凄く、フツーの高校生活っぽいよね」
 横でのんびりと歩くカノンも「あ、それ思った」そうそうと頷く。
「普通に制服着て登校して、普通に授業受けて、普通に並んで帰るなんてね」
 理緒が苦笑しながら、しきりに水の滴る前髪を煩そうにかき上げる。
「この帰る状況はちょっと普通じゃないけどね…」
「これだけずぶ濡れだと理緒の戦闘力は極限まで下がるもんね」
「あー、せっかく普通の高校生してるのに急に現実っぽいこと言った!」
「あはは、ごめんごめん」
 ぷうと頬を膨らまる理緒に、カノンが眉を下げて笑った。
 尚も下から睨め付けながら、理緒がふんと腕を組む。
「大体水に濡れてたら安心だと思ったら大間違いなんだからね」
「はいはい、肝に銘じておきま」
 瞬間、ぴかりと空が光った瞬間にドンと雷が落ちた。
「――かなり近かったね! カノンくん落ちたとこ見た?」
「ううん見てない。後ろの方かな。さすがに雷は危ないね」
「避けきれないし当たったらさすがに死ぬね」
「理緒、雷は怖くない?」
「全然。雷なんかより大きい音とか光とか衝撃とか、どれだけ受けて来たと思ってるの」
「ほら、理緒も現実っぽいこと言った」
「しまった…カノンくんわざとでしょ!」
「ふふ」
 澄まして笑うカノンに、理緒が悔しそうに地団駄を踏んだ。

 ざあざあ、ざあざあと雨は降り続ける。
 風は強く、痛いほどに叩きつける雨と、暗い空。
 それでも横にいる人間ははっきりと見えた。
 むしろ雨と風がそれ以外を遮断され、すっかり二人だけの世界になったみたいだ、なんて。
 うまい話だなぁと一人ごちながらカノンが笑っていると、不意に視界に入ってきた雨に打たれる桜の木に理緒が足を止める。
「せっかくここの桜、もうすぐ満開になるところだったのに…」
「本当に季節外れの嵐だもんね」
「さすがに桜、散っちゃうね…」
 理緒が眉を寄せて淋しげに呟いた。
 豪雨で理緒のツインテールは乱れ、しきりに頬を伝って水が流れる。どんなに淋しそうでも、涙には見えない。
 その頬から首筋に伝っていく水を眺めながら、カノンが口を開いた。

「理緒は散っちゃ駄目だよ」

「――カノンくん?」
 雨が止んだかのようにその声がはっきりと聞こえたのは、込められた想いが切実だったからか。
 真っ直ぐに見つめてくる瞳に一瞬怯み、理緒が目を逸らす。
「ほらまた、現実っぽいこと…」
「現実じゃないよ」
 笑い混じりの理緒の言葉を遮り、カノンがゆっくりと首を振った。
 間を置いて少し考え、やがて理緒がああと思いついたように頷く。
「…そっか、そうだよね、カノンくんが何しに日本に来たのか考えたら、…そうだね」
 ややこしいなぁと独りごちる理緒に、カノンが暖かく微笑んだ。
「だからこれは、僕の希望の話」
「え?」
「聞こえなかったなら、いいよ」
「聞こえたもん」
「酷い嵐だもんねー」
「カノンくんの馬鹿!」
「聞こえないよ〜」
「…本っ当、ずるいなぁ」
 ふうと首を振りながら、応酬を諦めて横に並ぶ。
 悔し紛れにその肩でもばしんと叩いてやろうか(普通の高校生のように)と考えて止める。
「………」
 先ほど空に奔った雷のように刹那なこの時間の間だけでも。
 隣にあるその手を握ってみようか(ふつうの高校生のように)と。考えて、止めた。

 ざあざあ、ざあざあと雨は降り続ける。









   終











15/04/16


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