出逢うべきときに、
出逢う理由を 出逢えるだけの正確な根拠で











                            出逢う景色












 彼女のトレードマークとも言えるはずだった、三つ編みにされた蜂蜜色の髪。
 それがさらりと肩に落ちているだけで、その身長すら数センチ高くなったように見える。
 ぼんやりと視線を彼女の瞳に移して、アイズが口を開いた。
「出逢うべくして出逢った…仕組まれた絆だと思うか?」
 アイズの真剣な表情と声に、「ひよの」は目を丸くする。
 少しだけ首を傾げて、そしてふっと笑った。
「誰と…誰のことを言ってるんですか?」
「…言うまでもないだろう」
「私と、鳴海さんですか?」
「………」
「本当、酷い話ですよねぇ、全ては神様が配置した駒に過ぎなかったなんて」
 やれやれと大袈裟に肩を竦めて見せる彼女は、言葉とは裏腹に華のような笑顔を浮かべている。 そして「仕組まれていようといまいと、人は出会い、そして別れるものじゃないですか」と言った。
「…そうだな、傍に居るときには気付かないが…いつかは、離れていくものだな」
 ひよのに向けて、そう言って静かに微笑を浮かべたアイズの脳裏には、理緒や香介や亮子、これまで運命を共にして来た仲間達の顔が浮かんでいるのだろう。
 そしてかつて魂で結び付いていた、カノンも。

 『傍に居るときは気付かない』そう言ったけれど、誰しもいつか離れるときが来ることなら感じている。 特に呪われた定めを持つ、ブレードチルドレンならば尚更のこと。
 それは死であったり時間であったり距離であったり、単純に『定め』で括ってしまう神の意思であったり。

「私は出逢うべくして出逢いました。鳴海さんとも、ラザフォードさん達とも。そして多分、別れるべくして別れます。でも、その間の時間全てが無かったことになるわけではないですからね」
 人は何も残さずには、行けないものです。とひよのが言う。これまでもそうだったのか・とアイズが問うと、そうですねぇと間延びした声で視線を横に逸らした。
「鳴海さんに、最後に一度。 握手して貰ったんですよ」
 そう言うと、自らの右手をアイズに向けてひらひらと振った。
「それだけで良いのか」
「それ以上望むのは、贅沢ってものですよ」
「辛くは、ないのか」
「…」
「繋いだ手を、離すことが」
 辛くは、ないのか。
 あくまで笑顔を崩さないひよのに、真顔で尋ねるアイズ。ひよのの表情は変わらない。変わらないけれど、
「…そして! それを訊くのは、野暮ってものです」
 ひよのと歩、二人を知っている者ならば、そんな言葉に安心など出来ない。

「人は何も残さずには行けない、か」
「はい」
 勿論、自分の意思で何かを残そうと努めて、果てる人もいるけれど。心の中だけで呟く。 アイズの胸に浮かぶ人間が誰であるか、問わずとも分かりきっているから。
「確かに、カノンが残したものは…多いな」
 大切なものは何度も、幾つも取り零して来たはずの両手が。思えば希望や使命や望みで、こんなにも溢れている。
「出逢いは仕組まれたものかもしれませんし、そうでないのかもしれません。 でも私は…感謝せずにはいられないんですよ」
 そのありがとうが、とても辛いんですけどね。 そう付け加えてひよのが笑う。 さっきから笑ってばかりだ。 恐らく「さっき」からではなく、彼女にとってそれがいつからかなんてとても分からないけれど。

 感謝して止まない。
 そう、確かに出逢えて良かった。
 けれどだからこそ、離れるのが辛い。 辛かった。 失って時が経った今でも辛い。
 こんな苦しみ、それすらも『共に在る』という中に存在するのなら、もうどうしようもない。

 全てが仕組まれた中で、出逢いも別れも、生も死も、全ては自分の意思とは無関係のままに進んできた、あまりにも長い間。
 その流れに逆らおうと、守りたいものをこの手から零すまいと足掻いたこともあったけれど、仲間以外の人間とはアイズにとって流れ行く存在でしかなかった。
 だから目の前に立つ彼女が、よくよく考えてみれば随分「はじめ」から、自分達に影響を与えて来ていたことを気付かなかった。

「…俺とお前も、出逢ったことになるのか?」
「何を今更!」
 ラザフォードさんは時々面白いこと言いますよねぇとひよのがあははと笑う。
 そして、「はじめましてを言うような出逢いだったら良かったですね」と言った。
 どう返して良いのか分からず、真面目に眉を寄せるアイズの目を覗き込みながら、ひよのが目を楽しげに瞬く。 そして綻んだ口元から零れる一言。

「はじめまして、ラザフォードさん。 そして…さようなら」

「……」
「出逢えて良かったから。 また会いましょう」
「……あぁ、そうだな」

 さよならの後にこんにちはを繋ぐには、少なからずの努力が必要だけれど。
 逢えて良かったなら、また逢えるように。 また逢いたいから。

「俺も、感謝しよう」
 真顔で呟くように言ったアイズの感情は伺えなかったけれど。
 ひよのは嬉しそうに笑った。  








   終








3周年企画でいただいたリクエスト「ひよのとアイズの小説」でした〜!
特にカップリングの指定が無かったのでこんな感じで。鳴ひよ前提でひよひよとアイズが話してる空気が大好きなので趣味全開で行きました^^*
書いててすっごい楽しかったです、どうもありがとうございました(*´∇`*)

覚えてらっしゃる方はいるのかしら…当初の予定では「消える景色」というタイトルにしてました。暗い感じのものを書く予定だったので。
でも5年という時が私を変えたんです(遠い目)

そしてはじめましてを言うような出会いを…のくだりは、過去作品でカノンさんにひよひよが言った台詞です。^^


10/07/10


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