去りし日を 驟雨降り来て 流せらば
            御名の意味こそ 口惜しけれ




あの人の歩みを止めて





 雨が降り出したのは、放課後、帰宅部の一般生徒ならば既に家に到着している頃の時間。
 突然振り出した夕立に、グラウンドで部活をしていた生徒達がワッと雨から逃れるように走り出したのが窓から顔を出さなくても気配で分かった。
「…凄いタイミングですねぇ」
 新聞部室でパソコンの前に座り窓に目を向けながら、ひよのがのんびりと言う。
「………」
 雨が降り出したのは、いつものように部室で時間を潰していた歩が、そろそろ帰るか・と椅子から腰を上げた途端のことだった。

 予報に逆らい準備の余儀なく降る雨は、それそのものが何かの予兆なのだろうか。
 雨を願う誰かの願いを誰かが成就させた結果かも知れないけれど。

「鳴海さん、傘持ってないんですか?」
 窓の外の灰の雲と、ぱたぱたとガラスを叩く雨粒に舌打ちしている歩にひよのが声を掛ける。
「ああ。…参ったな、買い物して帰るつもりだったのに」
「私は一本、傘持ってますよ〜」
 得意気にそう言いながら、ひよのは鞄から水色の折畳み傘を取り出した。 にこにこと笑みながらそれを歩に見せ付けるように前に掲げる。
「何だ、貸してくれるのか?」
「一本しか持ってないのに、お貸ししたら私が帰れないじゃないですか!…だからここは一つ、一緒に帰りましょうか」
「……」
 ひよのが次に何を言わんとしているのか悟ったのか、歩が半眼で顔をしかめた。
「二人で入るにはちょっと小さいかもしれませんが!それもまぁ一興、二人で仲良く『あいあいがさ』で帰りましょう!」
「却下だ」
 最高の提案だとばかりに言い放ったひよのの言葉をにべもなく一蹴し、歩が嘆息する。
 その即答ぶりに一瞬絶句したが、すぐに「…もう!」ひよのが気を取り直して微笑み掛けた。 にやりと人の悪い笑み。
「鳴海さんたら照れちゃってー。 小さい傘に入って意図なしにもどうしても触れ合う肩! どうしても少しは濡れてしまって肌に貼りつく衣服! 別に意識しなくたって良いんですよ〜」
「…あんたのそういう発想がついて来るから嫌なんだよ」
「それじゃあどうするんですか」
「どうせ夕立だ、すぐに止むだろ。 待つことにする」
 やれやれと肩を竦めると、歩は帰ろうと担ぎ掛けていた鞄を長机に置き、腰を再び椅子に下ろした。
 その歩を見て、ひよのが嬉しそうに「それでは!」立ち上がって流しに向かう。
「お茶を淹れ直して待つことにしましょうか!」
「………」
 うきうきと流しに向かうひよのの背中を、歩が無表情に見送った。

「あんた、何でそんなに嬉しそうなんだ? 確か…雨苦手じゃなかったか?」
 長机に凭れ、頬杖を付きながら歩が問う。
 手馴れた動作でポットからカップへ紅茶を注ぎながら、「うーん…」ひよのが少し考えて口を開いた。
「…そうですね、確かに前は雨は嫌いでしたけど。 今はそうでもないですよ」
 鳴海さんのお陰ですよ。 そう付け加える。 あまりにもサラリと続けられたので一瞬流す所だったのを、歩が「はぁ?」と掌から顎を外し素っ頓狂な声を上げる。
「何言ってんだ?」
「考えれば考えるほどお得なんですよねー、雨って。 一緒に傘に入ればグッと距離は近付くし! そうじゃなければこうして一緒に雨宿りしていることも出来ますし! …外に出たなら、話す言葉は雨の音が掻き消してくれるし」
 彼女の言う雨の恩恵、三番目は含みのある言い方だった。 少し寂しさを滲ませた声色に気付いてしまったが、歩は気付かない振りをすることにした。 代わりに「なるほどな」と同意しておく。
「この雨はあんたが降らせたのか」
「いやそれはさすがに私でも」
「………」
「何ですか、何か言いたげですね」
「いや、…結局俺とあんた、晴れてようと雨が降ってようと、その雨の中帰ることになろうと止むのを待つことになろうと、結局は一緒にいるよなと…思って」
 恐らくひよのは、歩が普段通りの呆れ顔で自分に普段通り、何か失敬なことを言おうとしていると踏んでいたのだろう。
 あまりにサラリと述べられた歩の予想外の言葉に「……っ、」ぼっと顔を赤らめて絶句する。
「い、今のは…反則ですよ」
「何が」
「鳴海さんが『一緒』って言葉使うと変な意味に聞こえるじゃないですか!」
「…あんたこそ一体何を意識してるんだ」




 予報に逆らい準備の余儀なく降る雨は、それそのものが何かの予兆なのだろうか。
 或いは、雨を願う誰かの願いを誰かが成就させた結果なのだろうか。

 ひよのは琥珀の瞳を窓の外の灰の空に向け微笑んでいる。

 歩がこの場所を離れ帰路を辿る足を止めた、窓を叩く雨。
 彼女の願いが偶然叶えられた雨に、それに応える形で歩が足を止め、同じ空間に留まることになった。
 そしてそれは歩自身の願いでもあったのだろうと・それを思い知らされる、正しく予兆だった。
 それだけの話。
 けれどやはり、もしかすると雨の中二人で共に帰れば良かったとも思う。
 溢れて止まらなくなりそうな感情を、彼女の言う通り雨の中ならば。 その音に隠しながら言葉として吐き出せたかも知れないから。







end.




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サイト8周年記念!「空的なお題でSS」で、「雨」テーマのSSでした。
ひよひよのイメージで螺旋文は「晴」で行こうかとも思ったんだけどね、短歌が我ながらあまりにも鳴ひよだなぁと思ったので雨にしました(笑)

でもかなり辛気臭い話になる予定だったんだよね…でもなんだか凄くらぶらぶな感じになりました。結局短歌とイメージがミスマッチという結果に(笑っとく)

 09.09.09





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